ラツィエルのブログ

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ヒプノセラピー8回目(*^^*)


ここまできて、やっと本格的な過去生を体験できました。


ざっくり話すとヨーロッパ、ドイツ系の中世というよりは近代に近い過去生。


祖母と二人暮らしの貧しい少年が、恋人を奪われ復讐の為、堪能な語学を生かし富豪の家の執事となり苦労の末に恋人を奪った別の富豪に復讐を果たす物語。


とても緻密に計画を練り、気づかれないように細心の注意を払い合法的に縛り首の刑へと持っていく。


勿論、雇い主の協力もあってのことだが、その復讐だけに人生をかけていた。


それが、全てであっただけに、残る余生は、燃え尽きた灰のようであり、自然と戯れるだけの静かなものであった。


別の面から考察すると金持ちのわがままに付き合わされるだけのくだらない一生ともいえるのだが、気持ちは十分に分かり、こうとしか生きられない意気地こそが大事ともいえるように思う。


セラピストは、セラピー中、私の過去生に向かって『あなたの知恵と愛をもっと多くの人に分かち合える人生はなかったのですか?』

『あなたの孤独で寂しい人生を変えれませんか?』

『報われない無念さを変えていきましょうよ』などと過去生の私に改心を迫る。


今にして思えば、どのような人生であれ、魂が完全に、燃焼されることこそが報われた人生。


おそらくこの私の過去生の方は、そういう生き方で満足してはいるものの、魂の修行はなされてないので僅かな迷いが、つまり人生の選択が他にあったのではなかろうかという誰にでも付きまとうようなものが生じてヒプノセラピーにあらわれたもののように思う。


勿論、それだけではなく金持ちの傲慢さに辟易する私の心情の裏付け的なものでもあるのでしょう。


今は、金持ちの傲慢さも、さることながら貧窮者の弱さを武器にした度しがたい、たかり根性にも嫌気がさし、くだらない縁は手放すように心掛けているのですが、まぁなるべく決めつけないように心をいさめて思い込みに寄らず、心清き人物と語り合ってみたいものと、思うところです。(*^^*)


つづく。



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ヒプノセラピー7回目 (T_T)


この回は、結論から述べるとアカシックレコード(宇宙創造の記憶)へ繋がるルートを使ったインナーチャイルドセラピー(幼少時代の心の傷への癒し)であった。


この回頃から、セラピストは、アカシックレコードについて説明し、自身が主宰するスピリチュアルテクニック(エネルギーワーク)これは、一応仮名にて話しますが、そういう風なセミナーをしていて、そのセミナーには、凄いスピリチュアルティーチャーを招いているのだという話をとうとうと聞かされ、それを学ぶ気になっている感じでのセラピーに臨むような状況でした。


くだんのように、ヒーリングソングとお香の香り、リクライニングの効いた椅子に持たれ、ゆっくりとくつろぎ目を閉じ朝日の光を眉間と頭頂と盆の窪の所から、取り入れ松果体を通り下丹田に導く…。


瞑想状態で下丹田で光の玉をつくり、アカシックレコードルートで光の庭園へ導く(アストラル界)というように今までとは違ったなんというかすんなり深くハッキリとした瞑想…イメージになり、インナーチャイルドの癒しと共に神々の存在とその守護を深く感じられたように思う。


20年以上前の話ですが、ヒプノセラピー技法の限界をセラピストなりに超えようと努力されていたのでしょう。


兎に角、その時の私はその道の素人、何が何やらでしたが、未知なる世界への期待でワクワクしていたことを懐かしく思い出されます。(@_@)


つづく。



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6回目のヒプノセラピー


前回、地球外生命体・ETエンティティが憑いていたせいか今回も光の繭などを瞑想でイメージし室内にも結界をイメージしてからのボディーダメージ箇所へのフォーカスから始まった。


首の後ろにある違和感へのフォーカスを階段へとイメージシフトしてその階段を降っていく…。


底に行き着くとドアのイメージ。

そのドアを開けると…。トンネルの中…。


トンネルを抜けると海と山がみえてくる…。


セラピストから、足元から様子を探るように勧められる。


草履をはいた男…。日本人。


セラピストに大事な場面へとうながされると…。


嵐の海。木造の帆船。黒い海を泳ぐ…。


石柱が並ぶギリシャ神殿のような所を歩く…。


など複数の過去生の記憶が錯綜。


最終的に東南アジアのどこかの島で愛娘を病気で失った族長の悲しい過去生にたどり着いた。


セラピストは、家族愛を説き、悲しみをことほぐ。


そうしてこの回のセラピーは、終わった。


今にして思えば、家族愛とは何か…。というテーマで家族依存は、誰のためにもならない。


という学びだったのであろうが、そもそも当時の私は、家族や親類との縁を断ち切って、自分の信念にしたがって整体師の道を歩んでいた。


そういう私に対して、独りよがりのわがままな男としてとらえていたであろうセラピストには、何かしらその独善が癇に触っていたのであろう。


あなただけが、苦しんでいるのではない。


という事を分からせたい思いが強く出てしまったがゆえに過去生誘導も錯綜を繰り返したのであろうと思う。


兎に角、人間が持つ情念というものを胸に深く刻むセラピーとなったように思い返すところでした。


つづく。



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ヒプノセラピー5回目(´Д`)

前回のリベンジなのか。
今度は時間をかけて早々、瞑想誘導…。
朝日の光をイメージして、その光で肉体をスキャンして違和感のある身体の部位にフォーカスし、今回は大天使ミカエルと主サナンダを召還して更なる不可思議な視点でその部位をフォーカスする。

すると黄色と黄緑の水玉模様かみえてきた。

さらに意識を集中するとそれが、カマキリとバッタの混ざったような昆虫にみえてきた。

セラピストは、『あなたは誰?いつからそこにいるの?』とそれに向かってたずねる。

しばらく何も感じなかったのだが、何となく地球がみえてきて海で泳ぐ魚がみえてきた。

セラピストは、今度は私に向かって『あなたのオーラについているものの心当たりはありますか?』とたずねる。

すると1人思い付く方が、イメージに出てきた。
くだんの自称シャーマンを名乗る女性。

その方の生霊(怒りの念)とそれに結ばれたETエンティティ(地球外生命体)が私のオーラについて霊障害を起しているのだということだそうだ。

そのETエンティティは、地球上にたくさんいてネットワークみたいなものまであるようで、それも含めて、大天使ミカエルと主サナンダ(次元上昇のマスター)にサポート頂いて元のふるさとへお帰り頂きました。

その回は、はじめて、生霊というものに気付き、ETエンティティ(地球外生命)もある程度わかり、気付きも多かったように思いました。が、過去生は残念ながらのお預けでしたね。残念、残念。




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4回目のヒプノセラピー。o@(・_・)@o。


セラピストは、何故か、私を瞑想誘導しながらETエンティティ(地球外生命体)のヒーリングをしようと試みて、四大天使(ミカエル・ガブリエル・ラファエル・ウリエル)を召還し私の喉のヒーリングを行ったのだが、さほどの実感もなく。


 瞑想の中でのイメージで、良く観る美しい自然に囲まれた湖のほとりで、平和を祈る炎柱があらわれ宇宙へと上昇し、ただただ、ふるさと(どこかはわからない?)へと帰りたい思いがつのり涙が溢れた。


 その後、ハイヤーセルフ(大いなる自己)とのコンタクトも、試みるのだがうまく行かず。


 かろうじて、3歳ぐらいのインナーチャイルドと軽く接触した程度でセラピーを終えた。


 ま、仕方ないですね。


 この当時の私もセラピストも人間として未熟で、愛の本質よりも実存(個人主義)を求める傾向が強かったのでしょう。


 自由には、孤独と不安定が表裏一体となってついてくるもの。とらわれのない境地は、自我を定立することへの抵抗がつきものですね。


 制限あっての自由を俯瞰する意義を見いだすまでは、自己と宇宙の関係性ついて深く学ぶ必要があったのだと今では思うところです。

(ちょっと難しい表現てしょうが、細かくは書くのも疲れるところで御容赦ください。)



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 さて、3回目のヒプノセラピー。


 いつものように挨拶をすませ椅子に座り、お茶を飲んで、雑談に入る。


 セラピストは、おもむろにチャクラの話を始めた。


 身体には、7つのチャクラというものがあり、宇宙からくるエネルギーを受け取って生命エネルギーに変換するもので、そのチャクラ(車輪)の渦が微細な色彩を放ちオーラといわれるものになるのだとの話だったように思い出されます。


 そのチャクラのバランスを観るということで、フーチ(振り子を使った検査方法)を回し検査された。


 一つ一つの、チャクラの位置にフーチを持ってきて自然にフーチが回るのを観るだけなのだが、右回りなら良くて左回りなら、チャクラバランスが良くないとのことでした。


 結果は、頭頂部のクラウンチャクラ以外は、全部良くないとのこと。


 神道の、祝詞でそこを浄化しますといわれ、おとなしく目をつぶり心を静めていると、セラピストの清澄な天津祝詞が聴こえてくる。


 短い時間でしたが、そう悪い氣もしなかった。


 再び、フーチで私のチャクラ検査。


 結果は、第4第5チャクラ、喉とハートのチャクラが浄化されずに残っているとのこと。


 それから、椅子に身体を持たれ、静かに瞑想状態に誘導されていった。


 セラピストは、まだなおらない私の右頚部が気になったみたいで、そこえ意識をフォーカスするよう誘導された。


 深い三つの刀傷がみえてきた。同時に丸太で首を打たれたような感じがド~ンときた。


 傷跡は、右後頭部下と頚椎5・6番位と頚肩部に三つの大きな刀傷。


 帆船に乗って、海風を感じ大海を眺めている。


 私は大男(武人)で、首の傷を誇りに思っている感じがした。


 セラピストは、四大天使を呼んで、傷をヒーリングして、そのままゆっくりと私を目覚めさせた。


 私は、やっと過去生らしき人物に会えたと思ってこれから、さあという時に悔しくも終わりの時間だったそうだ。


 それにしても、チャクラやフーチも祝詞も多少興味のひくところではあるが、私の知りたいことへの苛立ちとセラピストとの駆け引きみたいなものが、この時は何を意味するのかまでは、分からなかったのである。


 セラピー10回と約束され、三回してまたもお預け…。


 こっちは、素人で未知なる世界を待たされる状態。


 今となれば、何故なのかは分かります。


 虚実の基に分かる。それが得意なセラピストと今は言っておきましょう。それもまた良しです。


 次こそは、本格的に過去生を体験したいと思いながら、家路につきました。


 つづく



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 さて、いよいよ2回目のセッション、本格的なものを期待して臨んだヒプノセラピー。


 カウンセラーの方から、体調の事を聞かれたので、慢性的な右頚部の痛みについて話をした。


 目を閉じて、朝日の光をイメージし、その光が頭頂から足の方へ流れるイメージへと瞑想誘導されてゆく。


 右首、右肩のところをイメージ的なもので観察するよう誘導され、それを観てゆくと黒い蛇が巻きついているのが感じられた。


 黒い蛇に、いつから憑いているのか尋ねたところ…。福岡行きの高速バスで、ウトウトと居眠りしている時の映像がみえてきた…。


 そして、森に囲まれた池がイメージに映り、池を見詰めると池の主ともみえる大きな鯉があらわれ、その背後にはタヌキなどもいたようにかんじた。


 そうした動物霊、といっても動物そのものではなく、それに近い霊なのだが…。


 細かくいうと、人間の脳は、姿かたちのないもの見たこともないもの(肉眼では認識出来ないもの)に対して、瞑想状態では地球上の生き物の波動に近いものに脳がイメージ的変換してみせているのことが多いものです。


 黒さは、怨念を顕していますので、私個人に対して怨念なのでしょうが、セラピストが兎に角、光に返すことのみに集中されてましたので、それにしたがって理由は分からずとも、邪を払うといいましょうか…。そういう呈で、セラピーを終えました。


 それで、少しは、頚部も気持ち軽くなったように感じました。


 早く前世とか過去生を観たかったのに残念でしたが、その時は何となく霊障害がこんな風に観られ感じられるのかと考え深くなったように思います。


 それにしても、またもお預け、急く気持ちを持ちつつ次回の予約を早々に入れ家路に帰ったことを思い出されます。


つづく。



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鹿児島でも、前世療法、過去生退行療法をやっているところがあると知り、早々に予約を入れヒプノセラピー(退行催眠療法)を受けることにした。


鹿児島中央駅前から電車に乗って30分程度だったと思うが、特急で向かった。電車を降りて駅の改札口をでると、当時の私の十歳位上の細身の女性(カウンセラー)が微笑んで待っていてくれた。


手短な挨拶を済ませ、彼女の車で御自宅のカウンセリングルームへと向かう。到着すると陽当たりの良いへ室内へ通され、早々お茶を頂き、一息つくと『選ばれた素晴らしい方が今日いらっしゃると予感していました。』と気恥ずかしい言葉で私を迎えて頂いたことを思い出します。


まだ、30代前半で定番のおだてに弱いですね。

恥ずかしながら、少しその気になってしまいました。(((^_^;)


一通り、ヒプノセラピーについて説明を受け、先ずは10回は最低でもセッションして頂きたいとの事で、そうすることを決めて臨むことにしました。


(顕在意識、潜在意識の話やインナーチャイルド(幼少時の心の問題)など諸々あるので潜在意識へのアプローチを短い時間でするのは、無理があるのだそうだ。)


今思えば、10回どころではない話なのだが、それなりの料金がかかるもの。10回通えば、真の価値が分かるものだし、ワクワク感を持ったクライアントに最初でそれを提示し通うことに同意させるしたたかさは、さすがにやり手な方でしたね。


いよいよもって、ヒプノセラピー初体験。

心地よい音楽、落ち着いたお香の薫り。

リクライニングの効いた椅子にゆったりと腰掛け。

手触りの良いブランケットをかけられ。

目を閉じ呼吸を整え。

丹田に意識を集め。

瞑想へと誘導されてゆく…。


今思えば、雰囲気に呑まれた私は、軽い瞑想状態で軽くインナーチャイルドにコンタクトした程度で終わったセラピーに対して、物足りなさを感じたのだが、専門外なので仕方なく次回に期待を残すものであった。


やり方は、間違いではないのですが、これではいくら食べても食べたという感覚が薄いホワイトギョウザ、食べたという感覚が欲しくなり通ってしまう人気の店の味みたいで正直、疑念半分、期待はまだまだある感で帰宅したことを思い出します。


どうしても私の性格上、物事を突き詰めなければ気が済まないたちなもので、この先、数年、この先生についてスピリチュアルを学ぶことになるのですが、疎まれてしまうのも仕方のないことだったと今は思う次第です。なにせ、貴賤を問う人は大嫌いで威張り屋は、始末におけないと思ってしまうたちなので…。若気のいたりですね。



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私が、ヒプノセラピー(退行催眠療法)を知ったのは、私の整体院に整体学院から来たインターン(研修生)の若い女性との出会いであった。

(今から20年前の話です。(*^^*))


研修期間は、約半年程度。

見学から始め、私の手の空いているときに問診や各検査方法を教え、手技を交えた講義、手技の練習などを行うのですが、私の教えが伝わらないのか何か身が入らない様子。


幾日かかけて、理由を聞いてもはぐらかされる始末。


そんな日をしばらく続けているうちに、少し信用されてきたのか、何気ない他愛もない話が出来るようになった。


ある夕暮れ時だったか、ふと修験寺の御坊さんを思い出し、分かったような感覚と言いましょうか…。


彼女が整体に興味がないのは、他に目指す世界があり、それはとても特殊で誰にも今は話たくないのだろうと私がまだ想わぬうちに言葉が彼女に向かって出てしまいました。


彼女は、ビックリした様子で、先生は分かる人何ですか?といい、他に何が分かるのかと尋ねられました。


私は、全部分かるとも言えないが、何とはなしに彼女の背後を見るとはなしに観ると細身の直立女性(悪い氣ではない)が見守るようにあると伝えると。


実は、最近ヒプノセラピー(退行催眠療法)に通っていて、その道を目指したいという話でした。


その事について、そのヒプノセラピーの先生から色んな意味があるのでしょうが、秘すように言われていたそうです。


私は、それを聞いて、『えぇ~鹿児島にそんなところあるの?知らなかった!僕にも紹介して。やってみたかった。』と言い、彼女もビックリしてましたが、私の情熱に押され、紹介してくれました。


そんなこんなで、ワクワクのヒプノセラピー(退行催眠療法)の予約をその日のうちに入れました。


つづく






【師弟】

 整体師として働く中で、幾人か指導してきた。


 おしなべて、修行とまではいかないものの手技を含めて学問に求める姿勢は、どうしたものかと思う方々ばかり、今想えば、私の道に対する姿勢が出来ていなかったと反省するばかりでした。


 一番長くいた女性整体師にも、『先生は秘術的なものを教えてくれない』『何か隠している』と心外な言葉を投げ掛けられたものです。


 私自身は、何も隠すこと無く教え、聞かれたことは真摯に誠実に応えてきたのですが…。


 手技が出来る出来ないは、努力と忍耐とセンスと何かなのでしょう。


 手取り足取りも、過ぎれば本人の創造意欲を失わせるものなのかもしれませんね。


 何かを真から会得するためには、絶対的自己否定がなければ、得られないのかもしれません。


 それがプライドだったり、自尊心だったり、負けず嫌いであったり、偉い人と思える人の思想だったり、教科書的なものだったり…。


 思い込みが人の人格的進化を阻むものとなるように思うのです。


 当時の私は、言っても聞かない人には、残念に想って諦めては、時の流れを待つしかないというスタンスでしたので、二十年近く、未だに分かってもらえるのを待っているのですが、仕方ないことかもしれませんね。


 それと整体師としての枠組みでは、よくすることの出来ないクライアントに整体師して向き合う息苦しさを見せてしまったのでしょう。


 諦観すれば、道理が分かり、進む道も見えてくるものです。


 みなさんが、良き道を見いだせるように祈って折ります。



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