



4回目のヒプノセラピー。o@(・_・)@o。
セラピストは、何故か、私を瞑想誘導しながらETエンティティ(地球外生命体)のヒーリングをしようと試みて、四大天使(ミカエル・ガブリエル・ラファエル・ウリエル)を召還し私の喉のヒーリングを行ったのだが、さほどの実感もなく。
瞑想の中でのイメージで、良く観る美しい自然に囲まれた湖のほとりで、平和を祈る炎柱があらわれ宇宙へと上昇し、ただただ、ふるさと(どこかはわからない?)へと帰りたい思いがつのり涙が溢れた。
その後、ハイヤーセルフ(大いなる自己)とのコンタクトも、試みるのだがうまく行かず。
かろうじて、3歳ぐらいのインナーチャイルドと軽く接触した程度でセラピーを終えた。
ま、仕方ないですね。
この当時の私もセラピストも人間として未熟で、愛の本質よりも実存(個人主義)を求める傾向が強かったのでしょう。
自由には、孤独と不安定が表裏一体となってついてくるもの。とらわれのない境地は、自我を定立することへの抵抗がつきものですね。
制限あっての自由を俯瞰する意義を見いだすまでは、自己と宇宙の関係性ついて深く学ぶ必要があったのだと今では思うところです。
(ちょっと難しい表現てしょうが、細かくは書くのも疲れるところで御容赦ください。)
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比嘉綱一

さて、3回目のヒプノセラピー。
いつものように挨拶をすませ椅子に座り、お茶を飲んで、雑談に入る。
セラピストは、おもむろにチャクラの話を始めた。
身体には、7つのチャクラというものがあり、宇宙からくるエネルギーを受け取って生命エネルギーに変換するもので、そのチャクラ(車輪)の渦が微細な色彩を放ちオーラといわれるものになるのだとの話だったように思い出されます。
そのチャクラのバランスを観るということで、フーチ(振り子を使った検査方法)を回し検査された。
一つ一つの、チャクラの位置にフーチを持ってきて自然にフーチが回るのを観るだけなのだが、右回りなら良くて左回りなら、チャクラバランスが良くないとのことでした。
結果は、頭頂部のクラウンチャクラ以外は、全部良くないとのこと。
神道の、祝詞でそこを浄化しますといわれ、おとなしく目をつぶり心を静めていると、セラピストの清澄な天津祝詞が聴こえてくる。
短い時間でしたが、そう悪い氣もしなかった。
再び、フーチで私のチャクラ検査。
結果は、第4第5チャクラ、喉とハートのチャクラが浄化されずに残っているとのこと。
それから、椅子に身体を持たれ、静かに瞑想状態に誘導されていった。
セラピストは、まだなおらない私の右頚部が気になったみたいで、そこえ意識をフォーカスするよう誘導された。
深い三つの刀傷がみえてきた。同時に丸太で首を打たれたような感じがド~ンときた。
傷跡は、右後頭部下と頚椎5・6番位と頚肩部に三つの大きな刀傷。
帆船に乗って、海風を感じ大海を眺めている。
私は大男(武人)で、首の傷を誇りに思っている感じがした。
セラピストは、四大天使を呼んで、傷をヒーリングして、そのままゆっくりと私を目覚めさせた。
私は、やっと過去生らしき人物に会えたと思ってこれから、さあという時に悔しくも終わりの時間だったそうだ。
それにしても、チャクラやフーチも祝詞も多少興味のひくところではあるが、私の知りたいことへの苛立ちとセラピストとの駆け引きみたいなものが、この時は何を意味するのかまでは、分からなかったのである。
セラピー10回と約束され、三回してまたもお預け…。
こっちは、素人で未知なる世界を待たされる状態。
今となれば、何故なのかは分かります。
虚実の基に分かる。それが得意なセラピストと今は言っておきましょう。それもまた良しです。
次こそは、本格的に過去生を体験したいと思いながら、家路につきました。
つづく
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さて、いよいよ2回目のセッション、本格的なものを期待して臨んだヒプノセラピー。
カウンセラーの方から、体調の事を聞かれたので、慢性的な右頚部の痛みについて話をした。
目を閉じて、朝日の光をイメージし、その光が頭頂から足の方へ流れるイメージへと瞑想誘導されてゆく。
右首、右肩のところをイメージ的なもので観察するよう誘導され、それを観てゆくと黒い蛇が巻きついているのが感じられた。
黒い蛇に、いつから憑いているのか尋ねたところ…。福岡行きの高速バスで、ウトウトと居眠りしている時の映像がみえてきた…。
そして、森に囲まれた池がイメージに映り、池を見詰めると池の主ともみえる大きな鯉があらわれ、その背後にはタヌキなどもいたようにかんじた。
そうした動物霊、といっても動物そのものではなく、それに近い霊なのだが…。
細かくいうと、人間の脳は、姿かたちのないもの見たこともないもの(肉眼では認識出来ないもの)に対して、瞑想状態では地球上の生き物の波動に近いものに脳がイメージ的変換してみせているのことが多いものです。
黒さは、怨念を顕していますので、私個人に対して怨念なのでしょうが、セラピストが兎に角、光に返すことのみに集中されてましたので、それにしたがって理由は分からずとも、邪を払うといいましょうか…。そういう呈で、セラピーを終えました。
それで、少しは、頚部も気持ち軽くなったように感じました。
早く前世とか過去生を観たかったのに残念でしたが、その時は何となく霊障害がこんな風に観られ感じられるのかと考え深くなったように思います。
それにしても、またもお預け、急く気持ちを持ちつつ次回の予約を早々に入れ家路に帰ったことを思い出されます。
つづく。
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鹿児島でも、前世療法、過去生退行療法をやっているところがあると知り、早々に予約を入れヒプノセラピー(退行催眠療法)を受けることにした。
鹿児島中央駅前から電車に乗って30分程度だったと思うが、特急で向かった。電車を降りて駅の改札口をでると、当時の私の十歳位上の細身の女性(カウンセラー)が微笑んで待っていてくれた。
手短な挨拶を済ませ、彼女の車で御自宅のカウンセリングルームへと向かう。到着すると陽当たりの良いへ室内へ通され、早々お茶を頂き、一息つくと『選ばれた素晴らしい方が今日いらっしゃると予感していました。』と気恥ずかしい言葉で私を迎えて頂いたことを思い出します。
まだ、30代前半で定番のおだてに弱いですね。
恥ずかしながら、少しその気になってしまいました。(((^_^;)
一通り、ヒプノセラピーについて説明を受け、先ずは10回は最低でもセッションして頂きたいとの事で、そうすることを決めて臨むことにしました。
(顕在意識、潜在意識の話やインナーチャイルド(幼少時の心の問題)など諸々あるので潜在意識へのアプローチを短い時間でするのは、無理があるのだそうだ。)
今思えば、10回どころではない話なのだが、それなりの料金がかかるもの。10回通えば、真の価値が分かるものだし、ワクワク感を持ったクライアントに最初でそれを提示し通うことに同意させるしたたかさは、さすがにやり手な方でしたね。
いよいよもって、ヒプノセラピー初体験。
心地よい音楽、落ち着いたお香の薫り。
リクライニングの効いた椅子にゆったりと腰掛け。
手触りの良いブランケットをかけられ。
目を閉じ呼吸を整え。
丹田に意識を集め。
瞑想へと誘導されてゆく…。
今思えば、雰囲気に呑まれた私は、軽い瞑想状態で軽くインナーチャイルドにコンタクトした程度で終わったセラピーに対して、物足りなさを感じたのだが、専門外なので仕方なく次回に期待を残すものであった。
やり方は、間違いではないのですが、これではいくら食べても食べたという感覚が薄いホワイトギョウザ、食べたという感覚が欲しくなり通ってしまう人気の店の味みたいで正直、疑念半分、期待はまだまだある感で帰宅したことを思い出します。
どうしても私の性格上、物事を突き詰めなければ気が済まないたちなもので、この先、数年、この先生についてスピリチュアルを学ぶことになるのですが、疎まれてしまうのも仕方のないことだったと今は思う次第です。なにせ、貴賤を問う人は大嫌いで威張り屋は、始末におけないと思ってしまうたちなので…。若気のいたりですね。
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私が、ヒプノセラピー(退行催眠療法)を知ったのは、私の整体院に整体学院から来たインターン(研修生)の若い女性との出会いであった。
(今から20年前の話です。(*^^*))
研修期間は、約半年程度。
見学から始め、私の手の空いているときに問診や各検査方法を教え、手技を交えた講義、手技の練習などを行うのですが、私の教えが伝わらないのか何か身が入らない様子。
幾日かかけて、理由を聞いてもはぐらかされる始末。
そんな日をしばらく続けているうちに、少し信用されてきたのか、何気ない他愛もない話が出来るようになった。
ある夕暮れ時だったか、ふと修験寺の御坊さんを思い出し、分かったような感覚と言いましょうか…。
彼女が整体に興味がないのは、他に目指す世界があり、それはとても特殊で誰にも今は話たくないのだろうと私がまだ想わぬうちに言葉が彼女に向かって出てしまいました。
彼女は、ビックリした様子で、先生は分かる人何ですか?といい、他に何が分かるのかと尋ねられました。
私は、全部分かるとも言えないが、何とはなしに彼女の背後を見るとはなしに観ると細身の直立女性(悪い氣ではない)が見守るようにあると伝えると。
実は、最近ヒプノセラピー(退行催眠療法)に通っていて、その道を目指したいという話でした。
その事について、そのヒプノセラピーの先生から色んな意味があるのでしょうが、秘すように言われていたそうです。
私は、それを聞いて、『えぇ~鹿児島にそんなところあるの?知らなかった!僕にも紹介して。やってみたかった。』と言い、彼女もビックリしてましたが、私の情熱に押され、紹介してくれました。
そんなこんなで、ワクワクのヒプノセラピー(退行催眠療法)の予約をその日のうちに入れました。
つづく

【師弟】
整体師として働く中で、幾人か指導してきた。
おしなべて、修行とまではいかないものの手技を含めて学問に求める姿勢は、どうしたものかと思う方々ばかり、今想えば、私の道に対する姿勢が出来ていなかったと反省するばかりでした。
一番長くいた女性整体師にも、『先生は秘術的なものを教えてくれない』『何か隠している』と心外な言葉を投げ掛けられたものです。
私自身は、何も隠すこと無く教え、聞かれたことは真摯に誠実に応えてきたのですが…。
手技が出来る出来ないは、努力と忍耐とセンスと何かなのでしょう。
手取り足取りも、過ぎれば本人の創造意欲を失わせるものなのかもしれませんね。
何かを真から会得するためには、絶対的自己否定がなければ、得られないのかもしれません。
それがプライドだったり、自尊心だったり、負けず嫌いであったり、偉い人と思える人の思想だったり、教科書的なものだったり…。
思い込みが人の人格的進化を阻むものとなるように思うのです。
当時の私は、言っても聞かない人には、残念に想って諦めては、時の流れを待つしかないというスタンスでしたので、二十年近く、未だに分かってもらえるのを待っているのですが、仕方ないことかもしれませんね。
それと整体師としての枠組みでは、よくすることの出来ないクライアントに整体師して向き合う息苦しさを見せてしまったのでしょう。
諦観すれば、道理が分かり、進む道も見えてくるものです。
みなさんが、良き道を見いだせるように祈って折ります。
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【スピリチュアルな道を求めて】
当時、整体院によく通われてきた患者さんの紹介で真言宗のお寺に行くこととなった。
シャーマンを名乗る女性(この方も整体によく通われてきた方)も一緒に新幹線に乗り、向かうこととなったのだが、その経緯は、こうである。
整体院開業当初、私は、怪しげな治療やまじない、霊媒などというものは、まったく魔界のエネルギーとしてしかみておらず、魔とかキツネ憑き程度のくだらないものとしか捉えていなかった。
人の世のことわりだけが、確実のように思えていたのだ。
そんな時、現れたのがシャーマンを名乗る女性で、はじめは、話し半分で聞き流し、クライアントととして普通に接し整体をして帰していた。
それから、忘れた頃にその女性は度々、来院し整体をされて帰る。そうした関係だったのだが、私がスピリチュアル関連の本に興味を持ちだしたのを皮切りに、色々も思うところを語り合った。
そういうこともあって、御一緒に寺詣ですることになったのだが、癖のある年輩女性、マウンティングが半端無い。
こちらも、その道、初心者なので、郷に従うような感じでついてゆく。
その修験道の寺へ向かう参道から、清く荒々しい氣が感じられ何だかワクワクする気分が今でも思い出されます。
住職さんは、快活なお人で、とても覇気に満ちた様子で緊張しましたが、事前に紹介者からの連絡もあったようで、丁寧な御挨拶を頂きました。
こちらは、挨拶を済ませて寺の室内を仰ぎ見る程でいると住職さんは、突然、私に向かい『先生は、旅坊主やな。どこにも居を構えず、旅をしながら人を救いなさる。もう出家しているので、実家には家はない。帰る必要もない。』そういわれた。
私は、その時、愕然とした確かに私には、帰りたい実家は無い。親子の縁も整体院を始めるに当たり切っている。どうして、住職は分かるのだろうと感心するやら不思議に思うやらでした。
御一緒させて頂いたシャーマン女性は、なにやら一喝されていましたが、いかな話だったかも覚えておりません。
手短な話を済ませ、日曜日の早朝でしたので、ついて早々いきなりでしたが、寺の檀家さんたちとお寺の掃除。
掃除機と雑巾掛けに仏具の真鍮磨き、わけの分からぬままに、護摩だき参加をしました。
朝の勤行が終わり、住職さん御弟子さん檀家さんたちとの語らいの中で、未知なるものへの憧れが生じてきたことを今でも懐かしく思い出します。
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【疲労困憊】
患者の長年の慢性痛の解放といった整体を行うと心身共に疲労してしまう。
集中力、精神力、体力を使い果たし、いっもの自然散策での気晴らしや温泉、運動療法、整体では、到底癒されない状態の自分となった。
特に肩から首筋の痛みは、増すばかり…。
兎に角、心の疲弊感をどうにかしたくなり、何気に書店で情報を求めに行ったら、いつものごとく読むPHP文庫の中に前世療法という本を見つけた。
そこには、私の疲労感をどうにかしてくれるであろう情報がありそうだった。
そこに書いてある前世という世界。
魂の癒しに惹かれた。
今から20数年前の話である。
調べたら、鹿児島では、前世療法などやってるとこもなく。福岡の電話帳で調べたらあったので、電話で問い合わせてみた。
素っ気ない対応で、前世が見えるかどうかは、分からない。確実さを求められても困るが、やりますか?みたいな感じに、少し違和感を感じ受話器を置いた。
別に確実さを求めては、いないのだが、その前世療法の素晴らしさが、電話の奥できこえてこないのだ。
仕方がないので、もう少し前世とか過去生とか本で調べることにした。
そうすると精神世界の本のコーナーにたどり着く。
こんな本があったのかぁ。と初めて知った。
一年あまり、色々な精神世界の本を面白く読み漁りましたが、百聞は一見に如かずと言いますように色々、体験してみたくなりましたね。
そう想っているとそれらしい人との出逢いが出てくるものですね。
その人と鹿児島で、修験の寺や、占い師など色々、訪ねることにしました。
つづく
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【ととのう】
整体師として働き、困った事を少し書いてみようと思う。
①一回で良くなりますか?の問い合わせ。
症状も診てないし、施術してその後の自然治癒を待っての事なのだが…。ぼったくられたくないと強い思いが、話して、自信なさそうならやめておく。
みたいな、不信感が増すのは、分かりますが、ひとを見下すような言い方は、イヤな気分になりましたね。
②丁寧にインフォームドコンセントをしても、何処かの整体で行った施術で直ぐ良くなったとプレッシャーをかけてくる人もイヤですね。じゃあ、そこえ行かれたら如何ですか?というと沈黙して睨む。なんて、ことはよくある事でしたね。
③黙って揉め。みたいな御大臣気質の方は、何も話を聞く気がなく、文句しか言わないと予測されるので、お会いして直ぐにお帰り頂くように促すのですが、意地になってこちらをへこましにかかる方、イヤですね。
④同業者の嫌がらせ。ありましたね。
整体院の前で悪口を言うとかね。
⑤施術後に料金が高いとか、お金持ってないとか、後は予約入れても来ないとかね。
ま、昔は色々ありましたが、心が鍛えられました。
心の空しさが分からない人が、空しい人。
空しさが分からない騒々しい人。
騒々しい人は、気晴らしの人。
気晴らしで生きている人は、本当の自分と向き合いたくない人。
本当の自己と向き合いたくない人は、空しい人生だと分かりたくない人。
そういうところが、真に分かってくることが、心身がととのうということの序章ではないかと思うのです。
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