ラツィエルのブログ

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レイキ(霊気)修得。


レイキヒーリングとは、古代チベットを起源とし19世紀末ごろ臼井氏によって、サンスクリット語で書かれた経典から感得したもので、京都鞍馬山にてつくったものとの事。手あて・手かざし療法のようなものですね。


修行も訓練も、不要で、誰でもアチューメントを受ければ自分や他人にもヒーリングエネルギーを流すことができるというものです。


平成17年の晩秋の頃の事。


ヒプノセラピー(退行催眠療法)のセラピストから勧めもありレイキ(霊気)を習うことになった。


整体をされているのであれば、レイキを一緒に混ぜた整体をすれば、より効果的に患者が喜ぶ結果になるであろうとの事、それを習うのにしくはなしと思い3日間の講習(シンボルとマントラ修得)とアチューメントを受けた。


受講直後は、色々期待することも多く。

何でも、徹底してやって検証しなければ気が済まない私の性格上ハッキリした感想を言えば、整体施術上の効果は患者の様子を観る限り無かったといっても過言ではないと思うものでした。


ただ、アチューメントを受けている時に、ハッキリと左手に宝塔が乗り、その重さを感じた。


これは、毘沙門天(多聞天)が持つ多宝塔。


おそらくに、北方仏界を守護する毘沙門天(多聞天)に繋がるエネルギーで、戦神の戦いカルマを癒すエネルギーなのだと感じたので、それが必要なクライアントには、効果があるのかも知れないと感じました。たまたま、そうしたクライアントがその当時、私の近くにいなかったのでしょう。


がしかし、その後、私は様々なスピリチュアルヒーリングテクニックを学ぶ機会に恵まれ、神聖なエネルギーの質に触れ、スピリチュアルヒーリング(霊的癒しの技法)の素晴らしさに感動するようになってゆくので、霊気ヒーリングは半年程度しか使わなくなってしまった。


スピリチュアルヒーリングテクニック(霊的癒しの技法)というのは、仮名なのですが、テクニックというとスキル的で軽い言い回しで先生に怒られますが、取り敢えずそういう言い方で表現します。


そういう事で、次からは、スピリチュアルヒーリングテクニックのセミナー体験など書いてみたいと思います。


つづく。



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ヒプノセラピー16回目(´Д`)

一応…このタイトルでは今回が最後にしたい。

(最後のセッション平成18年9月25日)


いつもの如く、他愛もない雑談、近況報告、健康状態などをジャスミンティーを飲みながら語らい。


頃合いヒプノセラピーをはじめてゆく。


リクライニングチェアーに座を移し、ゆったりとくつろげる姿勢に安定させる。


お香の香りがほのかに漂い、部屋を暗室へとし、ヒーリング曲が流れる。


目を閉じ呼吸を整えるようにセラピストに促される。


くだんのごとく下丹田に光の玉をイメージでつくる。


その意識の光玉が体の中軸を通り抜ける。


天空を超え。


光のトンネルを抜け…。


光の花弁に包まれ超え行き…。


光のシャワーに浄められ…。


昇りゆく先の光の庭園。


その境地その世界。


セラピストは、前回のリベンジでハイヤーセルフを呼び出そうとする。


光の中から二体の雷神のような者が現れる。


セラピストは、ハイヤーセルフが出てくるのを邪魔している存在ですか?と尋ねる。


黒い雲が掛かり三つの星が現れ、その使番のような者たちのようです。


三つの星が三角をつくり回っている。


紫の火炎の星。


その星たちは、ケフェヌス。


阿修羅という意味。


いつからあなたと一緒にいるのですか?

プレアデスの時代から?とセラピストが尋ねる。


この星に着てから、古代です。と私は答える。


三つの星は、あなたに何を伝えていますか?とセラピストは、尋ねる。


『・・・破壊・再生・平和。この三つが循環している。成長の為には、こららは必要なことなのだと伝えてきてます。その循環が、星を輝かせる。人も同じ事だと伝えてきてます。』


三つの星に、向かって、あなたはなぜ、黒い雲に、覆われているのですか?輝いているつもりでも本当は違うのではないですか?とセラピストは声高に質問をする。


『・・・』


私の思うところを述べると


・・・事例では、納得出来ない様子。


地球も人も、これまで破壊・再生・平和の繰り返しの中で成長してきているから。


セラピストは、黒い雲に、引っ掛かりを持ち三つの星の意思に懸念を抱き、兎に角、私たちは、純粋で澄みきった創造の光なのです!を述べ理解を求める。たぶん、光が大好きで光でセラピーを終わらせたかったのでしょうね。


しばらく沈黙の後、星が一つとなり破壊・再生・平和も一つとなり、赤く燃える太陽となって私のハートに降りて重なりハートを熱くさせた。


セラピストは、良かったですね。といいセラピーは、いつも通りに終わった。


当時の私は、螺旋構造の宇宙の仕組みを知らず、ただただセラピストに促されたままに答えるばかりで事の良し悪しは全然分からずにいましたね。


今となって分かるものも沢山あります。


例えば、守護神守護霊の許可がなければ、興味本位のみたい世界がみえるわけがないということ。


簡単にいうと、その人の為にならないと判断されるものは、強制的(深い瞑想)であっても知ることは許されないのです。


今回も、ハイヤーセルフ(大いなる自己)との対面は果たせなかったのだが、勿論然るべき時期に対面しその偉大なる魂の自己を知ることは、この後出来ました。


意識の拡大。つまり、魂の偉大さに精神と心が気づけるようなあり方に至らなければ、スピリチュアルの本格的な目覚めにはならないのです。


ヒプノセラピーは、催眠を主としているゆえに、記憶に潜むトラウマや深い悲しみにフォーカスし、それを慰め癒すには、効果的ではありますが、結果的には被害者意識が増すばかりとなりやすく、自己責任の意識を薄れさせることが多いように感じる。


セラピーを、受けると2週間程度その癒し効果はあり幸福感はありますが、癖になるとまたそれを求めようとする、慰めをもとめるからだ。


私の場合は、兎に角、過去生から宗教家、霊性を求めるものが多く、幼少時代も魂の修行のようなものだったため、あまり慰め的なものにはならなかったようだ。


やはり、霊的技法には欠けていては、記憶に眠るネガティブエゴの大掃除にはならないようである。


つづく。



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ヒプノセラピー15回目


いつもの如く、近況報告をセラピストに話、雑談を交えたスピリチュアルな会話から、ヒプノセラピーに入っていく。


ジャスミンティーで喉を潤し、ほのかにかおるお香の匂い。


リクライニングチェアーに揺ったりと身を任せ、暖かい掛け毛布に包まれる。


ニ胡の音のヒーリング曲に呼吸を調わせる。


ゆっくり目を閉じ、誘導瞑想されてゆく。


くだんのごとく光の玉へと意識がシフトされ、次元上昇されてゆく。


光の庭園(4~5次元)世界へと誘われる。


今回はハイヤーセルフ(大いなる自己)とのコミュニケーションを試みるセラピーにとセラピストと事前に話し合っていたので、この光の庭園世界でハイヤーセルフを呼び出すこととなった。


思うようにはいかないもので、黄緑色の龍に乗ってオリオン座の三ツ星に向かって昇ってゆくイメージがみえてくる。


勿論、ハイヤーセルフではない。


観てる映像が変わり、紀元前のエジプト、ピラミッドがみえてくる。


王の傍らに立つ神官…。


王を埋葬し、その内臓を壺に入れている。

(ミイラにしている。)


木の舟が、空から降りてきて色々な光の玉を乗せている。


木の舟は、オリオン座の三ツ星からやって来たようです。木の舟は、象徴?


私は、ピラミッドの上で左手に霊的な杖を掲げ、木の舟を迎え入れてます。


木の舟からのメッセージは、空のイニシエーションを伝えてきます。


『人は、肉体は死んでも魂は死なない。』


セラピストが、そのイニシエーションを学ぶとどうなるのですか?と尋ねる。


『幽体離脱とかできるようなる。』と答える。


いくつまでいきられたのですか?とセラピストが尋ねる。


『120~130』と答える。


『教えを守るために、その後の今も幽体となり続けている。』


自らの死を、受け入れているあなたが、なぜ上の世界へと帰ろうとしないのですか?とセラピストは問う。


『空のイニシエーションを伝える役目があるからだ。』と神官は答える。


色々とセラピストは、その神官に対して質問を投げ掛け、それに答えているのだが…。


そろそろ書くのが面倒臭くなっていまったので、要約すると…。


その空のイニシエーションは、理解出来る者にしか伝えてはならず、教えを授けられる人物は、千年に一人いるかいないかなのだそう。


本心は、みんなに分かちあいたかった。という悲哀を背負う神官の物語でした。


色々、話をしてその役目も終わりにし、魂を月の霊界へと導き、セラピーを終えた。


過去で生きた魂が、あるものとの誓約を交わし、肉体は滅んでも幽体となってその誓約を果たそうと無限の時を過ごす。


なんという一途さ…。


人の世の、ことわりがかくも続くものなのかと終わりなき魂の物語に涙が出てきます。


つづく。


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ヒプノセラピー14回目(平成17年12月)


前回に引き続きアカシックレコードへと誘導瞑想。


いつものように、セラピストに近況報告をして、前回のアカシックレコードへのアクセスからの心身の状態を問われる。


前回のギフトの件の効果は、正直わからないというのが答えで、セラピストをガッカリさせたのかも知れませんが、あえて正確に感じたままを言うなら、セラピーを受けて2週間程度は、良い気分でいられるというしか他なく話の流で再びアカシックレコードへと誘導瞑想されていくことになった。


前回同様に気持ち良く誘導瞑想へと導かれ、アカシックレコードへと意識が辿り着く。


意識のイメージの中、濃い緑の龍が丸い鏡となり、白光を放つ。


セラピストは、『真澄の鏡ね!問いに対して、写し答えるという意味ね。聞きたいことを聞いてください。』と私にいう。


私は、当時の整体の仕事の事を聞く。


未来の私が、映し出され、仕事現場の風景や未来の家族(当時は未婚)、健康状態などをみせられ、セラピストにそれを伝える。


セラピストは、興味津々で奥さんは、どんな人?

特徴は?等々、質問するように促され、それに答えて『目が綺麗な人』とだけしか分からなかったので、その旨伝えた。


その後は、濃い緑の龍口が開き、輝く白光。


多くの天女が螺旋に舞い、沢山の宝石を私に捧げてきた。


それを丁重に頂き、来たルートをそのままに帰るように促され、意識を元の肉体へと戻してセラピーを終えた。


アカシックレコードで未来を観たのだが、現在はその通りだったのかと問われれば…。


仕事は、観た世界とは全然違う形ですね。


たぶん、つらい霊的修行の結果、お金儲けなどの物欲が禊されて、くだらない執着が剥げ落ち、運命が大きく変わったのでしょう。


ちなみに今の奥さんは、目に気合いがある人。眼力強い美人です。(*^^*)



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ヒプノセラピー13回目


いつもの如くの流で、ヒプノセラピーに入る。


でも、今回はアカシックレコードへ行くルート。


この頃になると、私は、ヒプノセラピストの主催するスピリチュアルのセミナーに参加するようになっていたように思い返すところです。


そういうことでもあり、アカシックレコード(宇宙創造の記憶の波)へのアクセスが好ましく思えたように思う。


くだんのごとく呼吸を整え、光のイメージ、下丹田に光を集め玉とする。


光の玉(意識)を体の中心ルートを通り頭頂から出して、天空へ向かい、光のトンネルを超え、光の花吹雪に包まれ、光雨を抜けて、光の庭園へと佇む。


そこから、さらにさらに次元上昇をしていくのですが…。もう書くのが面倒なので省略。


着いた先、アカシックレコードの世界で観たものは、地球の自然を愛おしく愛する孤独な私と孤独な地球。


そして、神代の尊たちと手を繋いで輪となり、それが光となって、私の体の中に重なって一つとなる。


神と一体となり、剣を握る。


真澄の鏡が降ってきて、剣が手と同化する。


盾のような真澄の鏡は、ハートに重なり、両手に綺麗な水が溢れている。


三ツ又の矛が見え、目とサードアイに重なる。


・・・。


色々、セラピストは質問を繰り返しその意味を探ろうとするが、後は沈黙にしかならず、終わりの時間となったようで来たルートを帰って今回のセラピーを終えた。


初めてのアカシックレコードでギフトを頂いたので、兎に角良かったということであったが、その当時は意味もわからずセラピストが感動を口にするのが実に商売気のようで空しく感じたものだが、今となっては、霊的技法(スピリチュアルテクニック)の先触れのようなものの啓示だったのでしょう。


つづく。




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ヒプノセラピー12回目


平成17年11月27日のセラピー。


いつものように、セラピストとジャスミン茶を飲みながら近況などを話し、セラピーに入る。


リクライニングチェアーにゆったりと寝そべるように座り、さわり心地の良い薄手のかけ毛布に体を包まれ目を閉じる。


音楽は、クリムゾン・コレクションの祈り/祝福。


お香の香りを薄く漂わせている。


癒しの空間が広がるように自身の呼吸音がからだに響く。


その静けさにしばらく心を溶け込ませるように促されているようだ。


今回も光を下丹田に集め、右首のきつさにフォーカスするように瞑想誘導されてゆく。


意識を集中して観察していくと右首にあるはずのない瘤のようなものがみえてくる。


セラピストは、慌てて私に自身の結界を張るように誘導し部屋も同じように結界を張るように誘導する。


更に集中して右首の瘤に意識をフォーカスしてゆくように促され、しばらく観察してゆくと年寄りの肌質のような瘤が寄生しているようにみえてきた。


更に観察を続けていくと、それが右半身に大きく広がり成長しているようにみえてくる。


それは、どんな存在なのかとセラピストに問われ、既に何回か経験した感覚を基にETエンティティ、つまり地球外生命体であると答える。


セラピストは、いつからあなたに憑依しているのかと尋ねる。


私は小学生のある夜、星を眺めている映像が意識に入ってくる。


近眼であった私は、星を見て目を良くするように言われていたので時折、家の駐車場の辺りで良く星を眺めていた。


当時も父親とは仲が悪く、親父は弟に向かって『俺の息子は、お前だけだ。』という話をされたと弟から聞かされた時期だったように思う。


それからセラピストが孤独について云々と話すのだが、要するに憑依しているET(地球外生命体)も宇宙で孤独に彷徨うもので、お互い孤独を感じないように寄り添う形で、支えあって生きてきたという話であった。


それから、宇宙の次元上昇のマスターであるマスターサナンダを召還し、このET(地球外生命体)を愛の光の癒しで私の体から引き離し、あるべき場所へと導いて去らしめた。


右半身がまるでタコに吸い付かれたようだったのが、綺麗に剥がれ、去りゆくET(地球外生命体)も光に包まれて消えてゆくのが、とても解放感というか清々しいものであったように記憶しております。


そして何よりも、マスターサナンダに出会えたことの懐かしさと言いましょうか、ただただ愛というより他ない感覚と言いましょうか言葉に出来ない感動を得たことを今でも思い出さずにはおれないものです。その理由は、その後に色々分かって参りますが、今は、ここまで。


このセラピーの最後は、くだんのごとく呼吸を調えゆっくり三次元へと導かれ終わりとなります。


今となれば、ET(地球外生命体)が憑依してくれたおかげで孤独に鈍感になり、つらい時期を何とか生きてきたように思うところです。


低級霊として、侮ることなく。


インナーチャイルドの痛みに寄り添う優しい霊体も必要だったのでしょう。


しかしいつまでも孤独に鈍感なままだといけませんね。


愛とは何か、真剣に向き合えなくなりますからね。


今回はここまで。つづく。



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ヒプノセラピー11回目


いつものごとくのセラピー前の話とリラックスした空間づくりをセラピストは終えて誘導催眠に入る。


いつものごとく、私の身体の不調場所にフォーカスする瞑想(催眠状態)…。


右の後頭部に赤い鎧武者の刀の刃が突き立てられているイメージがみえてくる。


セラピストが問う『なぜ、彼に憑いているのか真実をみせなさい!』と、強気で迫る。


色々みせられ結局、直系の先祖ではないのだが血の繋がりがあり、田舎で武辺者の家系が絶家となって供養されずにある先祖の集合意識が私に刃を突きつけて無念なる思いを伝えていた。


セラピストは、その私の先祖霊団に対して、言祝ぎ(誉めて称えて心を柔らかくすること)を行い月の霊界へと導いてセラピーを終えた。


今振り返ってみると、私の中に武士道という精神が至らず先祖の思いをくむことがその当時は、出来なかったように思う。勿論、セラピストもね。


武士道と呼ばれる精神を命をかけて受け継ぐのだというメッセージを頂いたのだと数十年して気づかされる。


武士道とは、葉隠れにあるように『死ぬことと見つけたり』命より大事なもののために死ぬ。これが私にとっては、生きるということに他なりませんね。


今回は、ここまで。つづく。




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ヒプノセラピー10回目

前回の心理的アプローチに不快感を持っていた私の心を察したのか今回はヒプノセラピーとスピリチュアル技法を混ぜた催眠療法でセラピストにアプローチされた。

くだんのごとく、ジャスミン茶を飲みながら他愛もない近況を語り終え、リクライニングチェアーにゆったり寝かされ、目を閉じ、軽い膝掛けをかけられ、ヒーリング音楽(今回は二胡だつたかな)を流し、お香の香りを漂わせる。

誘導瞑想が始まる。

体をイメージの光で繭のように包む。

次は、白い光で部屋を包む。

光をサードアイ、頭頂、盆の窪から入れて、下丹田に集め光の玉をつくる。

その光の玉を動かし右肩(いつもの痛みの場所)へと導く。

何が、みえてくるかとセラピストに尋ねられ…。

指先から肩、首の方まで黒い石になってみえると答えると…。

その原因をセラピストに問われ。

イメージが色々錯綜しだす…。

一瞬、黒い狐がよぎったようにおもわれて、それを伝えると…。

セラピストは、凄い剣幕で『それね!黒い狐。出てきなさい!!あなたの存在は分かっているの!もう隠れられないわよ!』と言い放つ。

しばらく、沈黙…。何も感じられずにいる。

芝の時間が流れ、私がどうでもいいと感じた頃合いに、ぼんやりとしたイメージがあらわれる。

森、緑にか囲まれた山がみえてくる。

山頂にはとても綺麗な宝塔がみえてくる。

七色に光る仏舎利塔のよう…。

宝塔に行く道程。

山の下に地蔵があり、その隣に小さな祠がみえてくる。

祠には注連縄が張られ、中には狐が祀られている。

山頂の宝塔までの道を守る役目を持っているよう。

今では、その宝塔がなくなり、その役目を果たせずにいる。

私にその山頂の宝塔を再興させて欲しいと願っているようです。

セラピストは、『黒い狐よ。宝塔がなくなった今、あなたの役目は終わりました。あなたは、自由です。この人も自由にさせてください。』と説得する。

黒い狐は、銀色に変わり、更に天女となってさってゆく。

セラピストは、『右肩は、どうですか?』と問う。

右肩は…。白人の立派な将軍が神の前に立て膝をついて祈りを捧げている。右肩、背中に矢が刺さり、神に祈りながら死んでいます。国を守れなかった無念なる思いを懐いた死です。

セラピストは、もう時間がないので、その将軍の矢を抜き癒されるところへ、運び寝かせてください。
と言い、私は急ぎそのイメージをする。

また次回に、会いましょう。

時間になりました。

ゆっくり目覚めていきましょう。

呼吸を整え、五つ数えながら、ゆっくり目覚めてください。

…。


最後が、そんな中途半端な。という感想を持ちましたが、セラピストにしてみれば精一杯の事だったと今では思います。

たかだか黒い狐一体ではあれど、セラピストの霊力(集中力のようなものと思ってくださればよいと思います。)を持っていかれたのでしょう。

仕方ないですね。

色々、どうして何故と思うところはありますが、聞く力にも霊力と人格が必要ですから、分かるところで取り敢えずの納得の仕方になるしかないですね。

ここでの勘所は、セラピストがクライアントの今のテーマを絞りきれずに単に肉体的痛みのみにフォーカスした点が瞑想状態を錯綜させたように思うところです。

そういう経験も私に必要だったのでしょうね。

つづく。


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ヒプノセラピー9回目(´Д`)


ヒプノセラピー…前世とか過去生を瞑想で感得し傷ついた過去生での記憶を癒し今生でトラウマなく健やかに生きる為に今回もセラピーを受けにきたのだが、セラピストが心理学的アプローチを試してみたかったのであろう…。


弁証法的アプローチつまりは、問題に対し意見の別れるもの(二項対立)を向き合わせた対話式解決法。


つまりは、哲学者ヘーゲルが説くところ、問題が生じた時に、それを克服するために一段上の境地に達する思考方法というべきものでした。


結論的にいうと、目的達成のためには、こういうセラピーも含めて広い視野で物事を受けとめ成功を見定めながら生きがいを見いだすようにというものであった。


正直、つまらなかったという一言が自身の記憶に残りましたね。


教祖型のセラピストが、なかなか信者にならないものに苛立ち、私の弱点を強調して指摘し、だからダメなのだと暗に知らしめているのでしょうが、そういったものになるべく絡みたくない私は、今日もまた従うふりをしてやる過ごすしかない選択に、つまらない非力な自分の存在に苛立ちが押し寄せ、心のなかで、つまらないと呟く。


今となって懐かしく思い返してみますと、分からないこと、知らないことに対しては、私は無力で非力であったなぁと感じる。


逆にいうと知ることが力であり、分かることが一段上の存在であると思っていたのかも知れませんね。


しかし、五十も過ぎてみますと、哲学者ソクラテスの無知の知でしかない。


色々、知って分かってみても、大して威張れるようなものはなく、一周、世の中を見て尚、分からないことだらけ…。


だから、終生、自己研鑽の道しか臨む生き方はなかった。


しかし、そうでない人のことも認めてあげられるようにしないといけないとこの頃は思うのだが、そうでない人からは、バカにされるばかりなので、まぁそれでよしという心のおさまりどころを持つように生きてきた。



自分の願いが私利私欲が叶うことであり、それが叶ったのなら、もう悪魔に好かれているのだということをみなさんは理解出来るであろうか?


エゴイズムの奴隷(野生動物と同じ)であれば気づかぬように思う。(本能的欲望を優先して生きる生き方。)


ヒューマニズム、モラルのしもべであれば、安心安全の生き方に偏り、家畜的人になっていることに気づかぬように思う。


人より楽したい、長生きし健康でありたい、金持ちになりたい、安心安全の保証が欲しい、誰もが認める人になり威張りたいとかは、全部、エゴイズム(私利私欲)で、くだらないと思えるようになれたら、本当に臨む生き方でちゃんと死にきれるように思うのだが、みなさんは、そう感じることはないのかも知れませんね。


色々、人生試してみて、分かることに何周も何周も道を変えては、繰り返してみると本当に分かるというところにたどり着かないことに気づくまでが人生のスタートラインですから、しかしそれに早く気づきすぎても経験不足で役立たずの知恵者に終わるので、ぐるぐる世の中の悲哀にさらされては、心が折れまくりしながら、骨を磨いて、それを砕く意思力を持って生き抜けていければと思うところです。


つまりそれは…。



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ヒプノセラピー8回目(*^^*)


ここまできて、やっと本格的な過去生を体験できました。


ざっくり話すとヨーロッパ、ドイツ系の中世というよりは近代に近い過去生。


祖母と二人暮らしの貧しい少年が、恋人を奪われ復讐の為、堪能な語学を生かし富豪の家の執事となり苦労の末に恋人を奪った別の富豪に復讐を果たす物語。


とても緻密に計画を練り、気づかれないように細心の注意を払い合法的に縛り首の刑へと持っていく。


勿論、雇い主の協力もあってのことだが、その復讐だけに人生をかけていた。


それが、全てであっただけに、残る余生は、燃え尽きた灰のようであり、自然と戯れるだけの静かなものであった。


別の面から考察すると金持ちのわがままに付き合わされるだけのくだらない一生ともいえるのだが、気持ちは十分に分かり、こうとしか生きられない意気地こそが大事ともいえるように思う。


セラピストは、セラピー中、私の過去生に向かって『あなたの知恵と愛をもっと多くの人に分かち合える人生はなかったのですか?』

『あなたの孤独で寂しい人生を変えれませんか?』

『報われない無念さを変えていきましょうよ』などと過去生の私に改心を迫る。


今にして思えば、どのような人生であれ、魂が完全に、燃焼されることこそが報われた人生。


おそらくこの私の過去生の方は、そういう生き方で満足してはいるものの、魂の修行はなされてないので僅かな迷いが、つまり人生の選択が他にあったのではなかろうかという誰にでも付きまとうようなものが生じてヒプノセラピーにあらわれたもののように思う。


勿論、それだけではなく金持ちの傲慢さに辟易する私の心情の裏付け的なものでもあるのでしょう。


今は、金持ちの傲慢さも、さることながら貧窮者の弱さを武器にした度しがたい、たかり根性にも嫌気がさし、くだらない縁は手放すように心掛けているのですが、まぁなるべく決めつけないように心をいさめて思い込みに寄らず、心清き人物と語り合ってみたいものと、思うところです。(*^^*)


つづく。



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