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シロクマの奥さんの日々

メンタルに不安定さを抱えながらも
シロクマのような のんびり旦那さんに支えられている
新米プレママです。

療養生活、妊婦生活、趣味のファッションなど綴っていきます✨

中3から大学卒業まで 精神科の力を借りず
心の不安定さをどうにかごまかしながら 綱渡りのような日々を過ごし
22歳で 希望の職に 就職したわたし。

その職は ソーシャルワーカー、、、

驚きですよねキョロキョロ

不安定な自分が 誰かの相談にのり
なにかできたら、と思っていたのです。


ソーシャルワーカーになるため
大学の専攻は社会福祉で
社会福祉士と精神保健福祉士を取得しました。

そのための 4年間の勉強の過程で
嫌でも 自分の過去や不安定さの理由とに
向き合いざるを得ませんでした。



自分で導き出した結論は、、、

●愛着障害
●被虐待児故の 自己肯定感の異常な低さ
●ワーカーホリックの父
●アダルトチルドレンの母
●そして わたしも機能不全家庭で育った
 アダルトチルドレン





わたしには2つ上の兄がいます。
兄は 怒りのコントロールが出来ません。

幼い頃から 兄の感情で
殴られ 蹴られてきました。
血だらけになることも ザラでした。

わたしの2歳の頃の記憶ですが
首をしめられたまま 首が動かなくなり
夜間救急にかかり ずっと病院の白い天井を見上げていました。


母は アルコール依存の祖父がいる環境で育っていたため
危機認知能力が異常に低い 事なかれ主義です。
兄のわたしへの暴力も 異常だとは受け止めていませんでした。

父は
「誰が仕事してるおかげで勉強できて 
   飯食えてると思ってるんだ!?」
が口癖の ワーカーホリックでした。
家庭にいる時間が あまりにも短かった。


そんな両親は わたしに
「お兄ちゃんは 普段は優しいでしょ。
 シロクマ奥ちゃんが 悪いことをするから 
 お兄ちゃんは怒って 叩くんだよ」
「シロクマ奥ちゃんが いい子でいればいいんだよ」
と 幼いわたしに 呪文のように言い聞かせました目目


兄に 暴力をやめるよう 
真剣に話してくれていた記憶はありません。





わたしは いい子じゃないんだ。
全部 わたしが悪い子だからいけないんだ。




ずっと そう思って生きていました。

いい子じゃないわたしは
父や母から愛されていない と思っていました。

愛されるために 
兄からの暴力から逃れるために
いい子を演じ続けました。

両親と兄の機嫌ばかり うかがう子でした。

それでも 暴力はなくなりませんでした。
ただ兄は 暴力以外は 優しかった。
わたしは 兄が大好きでした。





やっぱり
わたしがいい子じゃないから
お兄ちゃんは殴るんだ。





どれだけ勉強ができようが
スポーツができようが
自分に自信を持てることがありませんでした。


だって わたしはいい子じゃないもん。
どれだけ頑張ったって

大好きなお兄ちゃんから 殴られるもん。






わたしが中学に入ると
兄は思春期と反抗期の真っ只中で
兄からの暴力は ひどさを増しました。

顔を殴られ
漫画のボクサーのように 目の周りをアザを作った状態で学校に行った時は、
みんなの前では 「転んで家具にぶつけたんだ〜あはは〜爆笑爆笑」と笑いました。

心で泣きながら。


2階の階段からひきずり落とされ 脚がアザだらけになった時は、
テニス部でスコートのため アザが目立つので
みんなの前では 「アザができやすい体質なんだけど、さすがにヤバイよね〜爆笑爆笑」と 自分からネタにしました。

心で泣きながら。




このような日々を過ごした結果、

愛情とはなにかが分からなく
常に自信のないわたしの心が不安定なのは必然なのだと
大学4年間で 自己覚知をしました。

もはや セルフカウンセリングですニヤリ




そんな綱渡りでなんとか保っていた心は
就職後 パワハラにより 崩壊します、、、




まとめる力が弱くごめんなさい、
まだ続きます。。。。