今日、町並みの向こうの向こうの向こうの方に、

入道雲がもくもく、黙々、しているのが見えた。

昔は、あの雲がかかっている下は、どこの異国なんだろうかと、

思いをはせたりしたけれど、

今は、あの雲が日本国内の何処かや海にかかっている雲だってことを知っている。


そういう事に気がついた時、

あぁ、自分も大人になったもんだなぁと思ったりする。


夏の青空は、気持ちを感傷的にする一つの要因かもしれない。


さて、夏到来して、

私は日に日に、憂鬱になってくる。

去年の今頃立てていた計画では、

今年の今現在の時点で、卒業単位も満たせて、就職内定も貰えて、

夏休みはバイトにばかり励んでいる―――という予定だったにもかかわらず、


まさか、そんなに事がうまく運んでいる訳もなく、

内定が決まっていないばかりか、今期中の卒業単位修得にすら暗雲が立ち込めている。


昔の―小学生くらいまでの私の計画性が、今の私に残っていないのが不思議で仕方がない。

当時は、何かに努力をしていない事が不安で、

夏休みには宿題の算数ドリルを最低3回は繰り返しやり、漢字ドリルは毎日1ページ欠かさずにやった。

読む本の冊数を決めて、目標よりも3,4冊多く読んだ。

当時唯一できなかった事は、夏休み明けの学校に気持ち良く登校する事。


今の私は若さ以外に、何の長所もない、非常に無力で無価値な存在だと思う。

同じ若さを選ぶなら、きっともっと若くても有能な人間がいる。

だから、そもそも、若さという売り文句も、私の存在価値を高める要素ですらない。


能力もない努力もできない、飾っておくにも値しない。

せめて見栄えがあればよかったと心から悔やまれる。


生まれながらの容姿を悩むほど心を病んではいないけれど、

今の自分を見つめてみても、もっとやりようがあったのではないかと、

とにかく後悔ばかりがふつふつと浮かんでくる。


全てを否定するわけではないが、肯定する事は、とてもできない。


後悔先に立たずとは、善く行ったものだと感心する。

先人たちの知恵は嘘ではなかったと、近頃、それを思い知った。