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Les vitraux de La cathédrale Notre-Dame de Chartres(Roman Gothique)
シャルトルのノートル ダム大聖堂のステンドグラス:Notre-Dameとは、英訳すればOur Lady(我らの貴婦人)、聖マリアの尊称の一つです。フランス各地に建つノートル ダム聖堂は聖マリアに捧げられたものです。シャルトルの歴史は4世紀に遡ります。現存する大聖堂は1220年に完成したもので、ロマネスク様式とゴシック様式が共存しています。ステンドグラスも中世13世紀初頭に遡り、世界で最も古く、最も華麗なものとして知られています。その美しさは、この世のものとは思えません。真に、神のものなる光のハーモニーです。1979年ユネスコ世界文化遺産に登録。




祝祭の日々も終わり 

閉じられたローズウッドの扉を 

はや 2月が叩いている

凍てつく大地は 

夜と霧に 覆われていても

光は 限りない生命を宿している

やがて 四旬節が始まる

3月になれば 

ナポリは ミモザの花であふれるだろう

フィレンツェに 

ハナミズキが咲いたのは いつの頃だったのか

キリストの釘痕を秘めた

純白の花の十字

4月 主は復活する

麗しの5月になれば 

シャルトルにも フローラは舞い降りる

リラの葉の はあとの木漏れ日と 

小さき花のクロス

その夢見る香りに 夏の光も目覚める

Chartres Sancta Camisa 御恵の聖地 

乙女マリアの奇蹟の聖衣

Chartres Notre-Dame 巡礼の聖地 

烈風に波打つ亜麻色の髪に雪のひとひら

Chartres Sancta Maria 光の聖地 

薔薇窓から舞い降りる光のポリフォニー 


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2008年のクリスマスの祝祭も終わりました。この間のメッセージは、Noël という書庫に移して、夏までには消去します。次のクリスマスまで封印です。
メッセージの一部は、新たに書きなおして、どこかの書庫で発展させたいと思っています。


ロブさん 読んでくれてありがとう。

おむさん 読んでくれてありがとう。

Stella Adriana Vene さん読んでくれてありがとう。メールは届きました。心からのメッセージありがとう。返信したのですが、受け付けられませんでした。そちらのプロフィールの【コミュニケーション設定】が〔ログインしている人〕になってないためだと思います。また、【友だち登録の受付】は〔友達登録依頼中〕になったまま機能しません。そのようなわけです。ともかく、ブログのどこかにメッセージください。あなたはとても大切な友ですから。お待ちしています。

Francesca Bruni さんあなたも見てくれている気がします。あなたのプロフィールは【旧】なのでこちらからは連絡しようがありません。どうかこのブログかラチカン宛にメッセージをください。あなたはとても大切な友ですから。待っています。あのトピを去る時にメッセージを残したのですが、気がついてもらえましたか?

http://old.profiles.yahoo.co.jp/michelangelo_raticani  

Rochelle さんあなたは滅多に現われないから、気がついてないかもしれない。元気に絵を描いてると思うけど、私はここにいるから気がついたら連絡してね。待ってます。あなたはとても大切な友だから。

瑞穂さん、ハウスワイフさん、リンゴさん、ヒミコさん、そしOトピの皆さん、御恵み多き人生であらんことを祈ります。そしてたまには遊びに来てください。大歓迎です。

メロンさん、サリナさん、おげんきにおすごしでしょうか? ごぶじ と へいあんをいのります。
La gracia de nuestro Señor Jesucristo sea con vosotros.
  
もっと以前に、共に歩んだ友なる同士の皆さん、私はあなた達を忘れません。気がついたらどうぞ連絡をください。また手を携えたいと切に願っています。

そして、新しく来てくださった友よ。読んでくれてありがとう。どうぞ私に声をかけて下さい。良い友達になれるように願ってます。

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Il Battesimo di Gesù : Giovanni da Fiesole al secolo Guido di Pietro Trosini (Vicchio, 1395 – Roma, 1455) detto Beato Angelico o Fra Angelico 



もう一昨日になりますが、1月11日は【主の洗礼】の祝日でした。イエスがヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けた記念日です。これで、アドヴェントゥスから始まる主の降誕に係わる祝祭は幕を降ろすことになります。【主の洗礼】は4福音書の全てに記されています。


そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。
ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」
しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。
イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。
そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。
(マタイ 3:13^17)


その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。
『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。
わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」
そしてヨハネは証しした。「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。
わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。
わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」
その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。
そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。
                               (ヨハネ 1:29~36)


レオナルド ダ ヴィンチの聖母子と聖アンナの小羊について、ロブさんからコメントがありましたが、 【小羊】は神の子イエス キリストの象徴です。ですから一般的な意味での生贄ではありません。

もちろん【神の小羊】はその後のキリストの受難と犠牲を象徴していると思います。しかしそれは、神が人類の救済のために、自ら払った犠牲と言えましょう。そこには尽きることのない神の愛の姿があります。

【主の洗礼】はメシアとしてのイエス キリストが、人間の罪を贖う【神の小羊:贖いの主】としてご自分をEpiphanyされた姿だと思います。



いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。(1コリント 5:7)
    
天使たちは大声でこう言った。「屠られた小羊は、/力、富、知恵、威力、/誉れ、栄光、そして賛美を/受けるにふさわしい方です。」 (黙示録 5:12)
 
玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、/命の水の泉へ導き、/神が彼らの目から涙をことごとく/ぬぐわれるからである。」 (黙示録 7:17)

天使はまた、神と小羊の玉座から流れ出て、水晶のように輝く命の水の川をわたしに見せた。
川は、都の大通りの中央を流れ、その両岸には命の木があって、年に十二回実を結び、毎月実をみのらせる。そして、その木の葉は諸国の民の病を治す。
もはや、呪われるものは何一つない。神と小羊の玉座が都にあって、神の僕たちは神を礼拝し、
御顔を仰ぎ見る。彼らの額には、神の名が記されている。
                                   (黙示録 22:1~4)

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Adorazione del Bambino(1439-1443) Museo San Marco di Firenze
Giovanni da Fiesole al secolo Guido di Pietro Trosini (Vicchio, 1395 – Roma, 1455) detto Beato Angelico o Fra Angelico.



1月6日はエピファニーの祭日です。昔は日没が1日の境界でしたので、5日の日没から6日は始まります。クリスマスから数えて12日目にあたるのでTwelfth Dayとも言い、現代の感覚で言えば、その前夜-5日の夜から6日未明までをTwelfth Nightと呼びます。
 
Epiphanyのオリジンはεπιφάνεια(古典ギリシア語)-Epiphaniae(ラテン語)で、明らかに示す、現す、現われる、隠れていたものが明確に姿を現すことを意味します。

神がイエス キリストとして、人の姿で姿を現わした日です。すなわち東方の3人のMagi(賢者、博士)がベツレヘムを訪れ、幼子イエスを礼拝した日をEpiphaniae(公現祭)と呼びます。クリスマスから始まる降誕節はこの日を以って一応の終わりをむかえます。Epiphanytideはもう少し続くことになりますが。

ジェイムズ ジョイスの傑作 The Dead(死者達/死せる者達)は、この夜のダブリンを舞台とした、GabulielとGrettaが展開する、リヴィレーションとエピファニーの物語です。生、死、犠牲、贖い、愛、救いといったモチーフが、夜を通して、静に静に降り積もる雪の中で、綴られてゆきます。

まだ読んでいなかったら、是非お読みください。読む者の中に大切な何かを甦らせ、新たな生命を与えてくれる本当にすごい作品です。私はこれを読んでジョイスの虜になりました。読み終わった後、熱いものがこみ上げて来ました。それは、確かに、心のrevelation(ヴェールを取り除く事)であり、魂のEpiphany(顕現、現存)であったと思います(Au Forum 080907に、これに関するエッセーがあります)。