私には心の支えの父が居てました
物心ついた頃には
叱られると
おとーさんと泣き叫び
父が特に優し人だった訳やない
ただ父の分厚い手。節くれだった手。
高めの小さな声で私の名を呼ぶ声が好きで安心したのを記憶してます、
ただ父は高校生には癌で闘病生活になり動けず泣いていました。
私にだけわがままを言い、怖いとか弱く泣いていました。
父が亡くなる短大の頃には
私は父にもういい。
もう。苦しまないで。と心でいいながら
生きて
と心で泣いていました。
葬儀も母と弟が泣き崩れていたので職場の人に助けてもらい、親戚の手配、退院、ほとんどにかかわりました。
しばらくは弟と母が死なないように声かけやサポートの為注意深く観察していました。
受け入れ無かったから、
漠然と父が居なくなったのは理解しましたけど
私の頭、心は受け入れなかった。
今もあやしい、
いつから私の心の時計は止まってるか
多分あの父を求めて泣いてるままなんです。
今朝
母からおじさん←父の兄が亡くなったとだけ連絡がありました。
私には大切なおじさんでした。
父亡き後
父のように不器用だけど
我が子たちを愛してくれ、気に留めてくれた
唯一の親族です。
その頃には父の祖父母は母が父を殺したと疎遠に、介護に私が行く程度で子供達が生まれてからは行けなくなり疎遠に。
母方の祖父母は同居の従兄弟たちが可愛いわとひ孫も近い方が可愛いな!とはばからず。距離を感じて置くようにし、
叔母は気が狂ってしまっていたので付き合いはなくなり、
父の弟はあまり関わりたくなさそうに私をみていながらたまに連絡をくれていました。
その唯一の叔父が亡くなりました。
しかも14日になくなり、
メールに返信がなく心配して、叔父に連絡した後も連絡がなく。
今朝母から一人で亡くなって、3日後に発見されたと。
お葬式はおじさんとその嫁と狂ったおばでやるから
コロナ移りたくないから
来ないように
と連絡がありました。と
おじさんの死を
ショックなのは
多分私と息子ですね。
父のように思っていたようです。もう、この世に頼る人は居なくなったと恐怖を感じました、
相談相手もいなくなりました。
コロナを言い訳にいつも葬儀も弾かれます。
本当にコロナ、、、だけではないはず。
適当にするから指摘されたり口を挟まれたりリズム崩されたくないんです←祖父母の時はコロナじゃなかったですからね。別に口挟まないし、適当も気にしない、ただ
遠くからでもお別れいいたかったの。
お礼も。
こんな未熟な私を愛して、支えてくれてありがとうございました。
まだ 立てないけど。
一生立てないかもしれないけど。
私も愛してましたって
お見送りしたかっただけ。
きっとどこでもつながってると信じて明日は静かな場所で空を見たい。
あと、おじさんが愛した海や自然の近くに行って一房お花を流させ貰おう。
包みもなければ余り害にならないよね?
私にできるお見送り。
息子に伝えなければならない。
息子はとても懐いていた叔父。
頼りにして沢山お話ししていた叔父。
受け入れられるだろうか?
理解するやろか?
明日学校あるけどいけるやろか?
私は親族すら信じられないのかな?
人として、、、
今は私の大切なおじさんと父を偲んで、休む事に専念したいと思います
