最新の記事一覧 月別記事一覧 テーマ別記事一覧メルロ=ポンティの「肉」と「存在論の未完性」:「未完」は、「沈黙を内包した語り」だ!メルロ=ポンティの「沈黙」は、「否定神学」が「神に向けて保持した沈黙」を、「世界」へと向け直したメルロ=ポンティにとって「沈黙」とは、「肉の中で意味がまだ言葉になりきらずに震えている状態」だ!メルロ=ポンティの「肉(la chair)」:「間身体性」 を一気に存在論へ押し上げる!「言語」とは「内的観念を外に写す道具」ではなく、「身体的身振りの一形式」だ!メルロ=ポンティの「間身体性」!私と他者が、思考以前に、同じ世界の中で身体として絡み合っている!フッサールにおいて超越論的他我とは「構造的に排除できない他者(他我)」 である!フッサールにおける「超越論的他我」と「独我論」との関係!「超越論的他我」は世界を可能にする構成原理だ!エスノメソドロジー:人々は一定の“方法(methods)”で社会的秩序をそのつど作り出している!池田晶子「ヴィトゲンシュタイン」(2)《「意味」の形式》すなわち《「文法」》を見出そうと努める!池田晶子「ヴィトゲンシュタイン」(1)「発狂」とは既にして「文法」内的事態である!池田晶子「エックハルト」(2-3)「私」とは「それがそうであるところのもの」である!公武の二重政権の時代、二条14歳(1271年)から49歳(1306年)頃までの後宮生活を描く!池田晶子「エックハルト」(2-2)「神の自体」さえも、「無しで済ます」と言ってもよいのだ!池田晶子「エックハルト」(2)「私」は「神」(「根拠」)でも無く「被造物」でも無い!池田晶子「エックハルト」(1-2)「私とは何か」を、純粋に「知性」の力だけで、どこまでも推進するThe Knives of the Round(2):アーサー王物語の円卓の騎士間の軋轢!The Knives of the Round(1):ナチス党の権力闘争!池田晶子「エックハルト」(1)「私の永遠なる存在」からすれば、私は私自身と万物との原因であ った!<< 前ページ次ページ >>