昨日退院及び『水曜歌謡祭』 | More than a feeling   ~ 古今東西音楽雑記帳 ~

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【yukaDD最新情報】
2023年3月 avex trax にレーベル移籍
4/22(土)レーベル移籍後第一弾シングル「WRONG」リリース
9/14(木) 「異世界LIFE」リリース
10/11(水)スタートテレビ大阪
『インターホンが鳴るとき』
エンディング曲「answer」
リリース

前の記事に退院の予定を書いたところ、既にいくつか退院後にもコメントをいただきお返事させていただいていますが、昨日はちょっと疲れてブログを更新できずごめんなさい


今回は、8日間の入院生活を少し振り返ってみたいと思います


先ずは入院の経緯から


入院前日の昼間から喘息が酷くなり熱っぽいなと思いながらも、掛かり付けの病院からもらっている薬を飲んで耐えていました


しかし、夜中に高熱が出て頭が割れるように痛み、氷枕(アイスノンタイプ)で頭を冷やしなんとか朝を迎えました


掛かり付けの内科病院で午前中に診察を受けましたが、意識は少し朦朧としながらもその時は体温が平熱より少し高い 37.1℃くらいに下がっていたため点滴治療と抗生物質の錠剤を新たに処方され家に帰されました


そして、お昼は食欲がないので無理やり惣菜パンを流し込むように口にしてお薬を飲んで休んでいると徐々に体温が上がってきました


午後の診察時間前にもう一度内科の病院に電話しました


その病院は以前は入院もできましたが、今は診察のみで入院を受け入れてはいないので近場で他の病院を紹介してもらえないか尋ねました


しかし、入院できる病院の情報は119番に電話で問い合わせるのが一番確実だと言われました


よく考えて見れば全くその通りですが、既に高熱で思考回路が麻痺していたのです


改めて119番に電話をしましたが、その時は一晩だけでも入院できればよいくらいの軽い気持ちもどこかにあって、Tシャツにジャージ姿の着の身着のままで、携帯と充電器、財布、今飲んでいる処方薬一式などをバッグに詰め込んでいると、すぐに救急隊員が駆けつけてくれました


そう言えば最寄りの消防署から、車で5分とかからないところにあるマンションに住んでいるのでした


今のマンションに引っ越してきてから、実は救急車を呼んで病院に運ばれるのは、この12年で3回目のことです


過去2回は点滴治療と検査だけで、入院まで病状が酷くはなくて少し休んで帰されています
(大した病気でもなかったのに救急隊員の方のお世話になって申し訳ないです)


しかし、今回は勝手が違っていて救急車の中でも熱が38℃を超えていて血圧も正常ではありませんし、呼吸もかなり乱れているようでした


偶然、家から歩いて一番近い外科で有名な総合病院に運び込まれ、内科の先生の診察を受けるとすぐに入院が決まりました


病状は“急性気管支炎”でした


翌日、胸部レントゲンを撮られましたが肺炎は発症していませんでしたが、入院しないで放っておいたら肺炎を起こしていた可能性は高かったでしょう


今は一人暮らしの上、比較的近くの親戚は皆ご高齢の方ばかりのため割りと歳の近い友人に真っ先に連絡し、ティッシュペーパー、フェイスタオル、シャンプー(ミニボトル)、液体石鹸(ミニボトル)、携帯歯磨きセット、スリッパなどといった日常雑貨品の買い物を頼みました


3日目の夕方には継続的な点滴が一旦終わり、外出許可がもらえたので病院でレンタルしていた寝巻きから入院時のジャージに着替えて、一時帰宅して着替えなどを余分に持って再び病院に戻りました


この日は夕方とは言え、非常に蒸し暑くて病院に戻ったらびっしょり汗をかいていて、すぐに下着を着替えたほどです


入院中とは言っても熱が下がってからは、利用時間内であれば好きな時間にシャワーや洗髪も予約できましたから不自由なことはありませんでした


不自由といえば、毎日決まった時間に食べる朝食、昼食、夕食以外、一切間食をしなかったため後半は常に空腹気味だったことくらいです


という訳で最後の病院食もアップします


【入院8日目】

朝食

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昼食

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入院最後の夜に観たテレビはフジ系の生放送歌番組『水曜歌謡祭』でした


スペシャルゲストは織田哲郎でしたが、織田さんとの出会いは、彼がまだアマチュア時代にハードロックバンドのリードボーカル兼ギターであった頃のライヴ音源を高校時代に聴いていたところまで遡ります


そのライヴ音源の中からレッド・ツェッペリンのカヴァー曲を更にカヴァーしようとしていました


その織田さんのバンドの名前は確か“強力即完バンド”だったと思います


曲決めなどで意見がまとまらなかった私達のバンド名は少し真似して“即決不可能バンド”と付けたほど強く影響を受けていました


それから月日が少し流れて私が大学時代に軽音サークルに所属し、大学2年生の時に組んでいたバンドの1つでは、織田さんがメジャーデビューしてまだ間がない頃にリリースした2枚のソロアルバムからシングルにはなっていない代表曲の「SOMEBODY TO LOVE」など数曲をカヴァーして演奏していました


そのバンドのメンバー6人全員で渋谷のライブハウス“LIVE INN”(今はもうありません)に織田哲郎バンドを観に行ったりもしました


因みに、織田さんの高校の同級生でアマチュア時代から一緒に活動していて、織田哲郎バンドのリードギターといえば日本を代表するロックギタリストの1人である北島健二です


織田哲郎バンドの後は、人気アニメ『シティハンター2』のOP曲『SARA』のヒットでも知られるバンドのFENCE OF DEFENCEや、今でも現役アニソン歌手として活躍中の田村直美がリードボーカルを務めドラムはBBA(ベック・ボガート&アピス)にもいたカーマイン・アピスというスペシャルバンドの PEARLのメンバーとしても活動されていました


FENCE OF DEFENCEのドラムの山田わたる氏も大学時代に観に行った織田哲郎バンドのドラマーでもありました


話があっちこっちになりましたが、青春時代には欠かせないアーティストの1人であった織田さんは、主に80年代から90年代には数々のアーティストへの楽曲を作曲やプロデュースし、オリコンチャートの上位ランキングを小室哲哉と織田哲郎のお二人のどちらかが作曲した曲で占められていると言ってもよい時期もありましたね


そんな一昔前を思い出させてくれる『水曜歌謡祭』ですが、次回は7月8日(水)20時から2時間スペシャルです


ご本人熱唱SP

乞うご期待!!
(ふなっしーも出演予定)


番組公式HPの水曜シンガーズレポート(第11回)は最年少の青野紗穂さんが書かれているので是非チェックしてみて下さい


 

●青野紗穂 OFFICIAL HP

http://aono-saho.com/

 

●青野紗穂 / 「Once in a Lifetime」Music Video


https://www.youtube.com/watch?v=0zZaCgzTYnA

 

 

●リリース情報

青野紗穂の配信ミニ・アルバム「introduction」発売決定!

 

7/1 「Once in a Lifetime」先行配信

7/8 「introduction EP」配信(全5曲)

 

収録内容

1:Look at me

2:FANCY

3:FEEDBACK!

4:OMG…!

5:Once in a Lifetime ※7/1 先行配信