昨夜、車で一分程の実家へ夕食にお呼ばれついでにお歳暮を。
それがこちら。(ドォーン

)
カミュナポ氏
毎年お歳暮にはお酒をあげてる。ほとんどがワインなんだけど、私はワイン飲めないし、酒の話になると母がムキになってかかってくるし(笑)
私のことを「酒の飲み方も知らないし、弱いくせに

」とバカにするくらいファンキーな母です(笑)
今日はブランデーに纏わるお話を。長文になるぜよー(笑)
遡ること………
とにかく私が小学生だった時の事。
船乗りだった父は半年に一度帰ってきて1ヶ月丘に居て
また半年は船で外国へ、という感じで
ね。
父が帰ってきてる時期はそれはそれは夫婦で浴びるように外国のお酒を飲んでいた。
黒のような緑のような色の瓶や鳥の形、船の形、ベルの形をした瓶など。
のちにそれらがブランデーやウイスキーだったと私は知ることになるんだけど。
父は私の学校行事は一度も来たことがなかった。
うちに居ないからしょうがないと思っては居たけどね。
で、初めて父が丘にいる日に参観日が

すごくすごーく楽しみにしていたのに結局父だけじゃなく母までも来なかった。
うちに帰ったら二人で寝てて、私は泣いた

わんわんと声をあげてねw
部屋にこもって夜ご飯も食べずに泣いてたっけ

昼間っから酔っぱらってたんだよーありえなすー

あのときはブランデーで三日酔いまでいったと大人になってから笑い話で聞いたけど(笑)
夕食時に母がトイレに立ったときとかに父が
「お母さんには内緒だぞ」といって少し飲ませてくれたお酒がとても美味しかった
カルピスかなんか入れてたような記憶がありますがね。どうだったんだろ
それがすごく好きだったけど、私の参観日大泣き事件があってからうちからあの「黒いお酒」が消えた。
私がブランデーを好んで飲むようになったのは20代中頃からだったかなぁ?
それまではちゃんとしたbarなんかに入った事がなく、居酒屋の安い酒で満足してたし
東京にいる友人の店に初めていきそこでブランデーを出されて
すごく懐かしい味だ

と。小さいときに隠れて飲んでいたあの味だ

と。
そこから猛烈にブランデーを飲んだ。時には吐いたり記憶が無かったり生傷があったりw
一番恐ろしかったのは、起きたらブラ一丁で自宅隣のアパートの駐車場のタイヤ止めを枕にして寝てた事ww
軽く人だかりに(笑)
ズボンは履いてたから良かったが

今まで母に「ブランデーが好きだ」と教えなかったのは
「やっぱり口は似るんだな」とか「弱いくせにかっこつけるな

」的なことを言われるのが悔しいような気がして

だってホントは参観日の事、結構根に持ってたし(笑)
おかげで父は私の参観日に一度も来たことがない。
酒なんかに飲まれやがって

と今なら言えるかな?(笑)
で、昨夜お歳暮でブランデーを。
母は「まじで?いいの?」と聞いてきて私がいいよと言うのと同時くらいに
仏壇の金を「チンッ

チンッ

」と勢い良く叩いて(しかも立ったままで、笑)
「おとさーん、見てー、M子がブランデーくれるってよー

もう飲んでもいいかなぁ」
と。
あの日からブランデーをやめたのは父が言い出しっぺだったらしい。
昨日は命日だったし父を継いで船乗りになった兄貴もいたし、ちょうどいいなと思って

母は仏壇にブランデーをあげてから自分も飲んでた
大事に飲むから来年もお願いします

とか言われたし(笑)
兄貴が言うには、母は外に出たときだけブランデーを飲んでいたそうで…
ちょっ!wジジとの約束破ってるじゃねーか

とww
やっぱ洋酒はいいねー

ふわふわするんだよねー

とかって人の話全く聞いてねーし(笑)
でも、私がブランデー好きなのも、効いてきた時のあのふわふわする優しい感じが好きなのだ
どこまで母に似るのかとw顔とか笑い方なんかそっくりなのに、もういいだろ

とw
でもどうして酒の強さは似なかったのか

そういえば、昨夜母から言われて驚いたけど
父は一度だけ学校に来たことがあるらしい。
それは私が高校生の時
授業中だというのに彼氏へのクリスマスプレゼントで編み物をやっているのが見つかって没収されたw
それを先生に謝りながら取りに来てくれたのが父だったとか
あのときは本当に恥ずかしい思いをさせて申し訳ない事をした、と土下座をして詫びたい(笑)
今夜は友人宅でクリスマスパーティーです。
みなさん楽しいクリスマスを。そして美味しいお酒を

ハッピーメリークリスマス
