雨の中、介護タクシーは出発した。
出発してしばらくして、伯父が落ち着いてるのを確認してから、今日行く場所について説明した。
健診を受けた総合病院でも、話しをしていたけど、覚えていないと思って…
「伯父さん。
これから、新しいところに行くの。
手と足が動かしにくくなったでしょ?
だから、リハビリできたり、伯父さんにあったお世話をしてくれるところに移るよ。
そこはね、わたしと弁護士さんで見に行って、決めてきたんだけど、きっと伯父さんが気に入ってくれると思うの…」
伯父は驚く様子もなく、拒否することもなく、
「うん。うん。そうあの。」と、安心したように言った。
介護タクシーが踏み切りで停車した時、雨は降っていたけど、窓いっぱいに満開の桜が見えた。
「伯父さん!桜!」というと、すぐに伯父は窓に顔を向け、桜の花を覗き込んでいた。
「いえいあね。(きれいだね)」とほほ笑んでいた。
そして、伯母さんのことも話をした。
「本当は…
伯母さんも一緒に移れると良かったんだけど…
やっぱりちょっと体調が良くなくて、退院できないの。
そういえばこの間、車椅子から伯母さんがおちてしまって…
おでこを切って、縫ったんだって…」というと
顔をしかめて
「わぉ…なんてこと…そうなの。こまったね。」と…
さっきまで、ろれつ回らなかったよね? あれ?
その後、車に揺られてか傾眠か…
伯父はうとうとし始め、1時間くらいしっかり眠って、あと15分くらいで到着するという頃に目覚めた。
雨もすっかり晴れて、辺りは長閑な景色になっていた。
道の両側の桜の木から、花びらがはらはらと落ちて、あちこちに菜の花が咲いて…
雨上がりの春の霞んだ陽気の中で、春の色が爆発していた。
車の窓から見える景色は、とても美しかった。
伯父は、目覚めてすぐなのに窓の外をキョロキョロ見ていたかと思うと、「おぉ…きれいだね。」と言った。
少し坂を上って、森の中に入ったところに特養はある。
わたしが来た時は、真夏と冬になりかけだったので気が付かなかったけど、駐車場の柵の向こうの斜面の下に桜の大木があった。
目の前に山のような桜が見えた。
車を降りると、桜の花びらがフラワーシャワーのように降り注ぐ中、森の切れ間から、その桜越しに街が見渡せる。
その日、その時だけの景色だと思うけど、
きっと、天国ってこんな感じだろう。と思った。
わたしが受付を済ませてご挨拶をしている間に、介護タクシーの運転手さんは荷物を下ろし、伯父も下ろして、その景色を見せて下さっていた。
そして、伯父に「わぁ… いいところですね。」と声をかけてくれた。
伯父も目を細めて、うなずいていた。
なんだか、ホッとした。
桜が、伯父を歓迎してくれているようだった。