夫が部屋でだれかと長電話していた。

 

しばらくして、リビングに出てくると言った。

 

「母さんが、認知症になったんだって…」

 

 

はぁ?

 

 

義妹からの電話だった。

 

義妹が義母のご近所さんに、お母さんがちょっと認知症っぽいから、病院に連れて行ってはどうか?と言われ、慌てて連れて行ったら…

 

長谷川式スケールでは20点台半ばだったものの、短期記憶が著しく低下していて、アルツハイマー型認知症と診断されたとのこと。

 

義母も80代前半だと思う。

 

 

 

流行の病気のように、

わたしの周りで多発しているんですが…滝汗

 

 

 

遠方の義実家の近所に義妹が住んでいるのは、いい。

 

しかし、タイミング悪く来年早々、単身の義兄が定年退職で実家に帰ってくる。

 

お嫁さんは10年以上前に亡くなっている。

子どもはいない。

 

亡くなる数年前に義姉が病気になってから、義兄とも滅多に顔を合わせなくなっていたが、クリスマスくらいに義姉がもう長くないと連絡が来た。

 

すでに飛行機も取れないし、下の子が1歳半だった。

田舎だから、車が無いと移動が不便だということで、4か月前、40過ぎで免許取ったばかりのわたしのために買った軽自動車に子どもたちを乗せて、年末の雪と渋滞の中、なんとか700㎞を夫と交代で運転して義姉に会いにいった。

 

病院に着いて病室に案内されたが最初は義姉とわからず、病室を間違えたかと思うほど見る影もなく痩せていて、声を聞いて義姉だとわかった。

ガンの末期で終末医療を受けて朦朧としているが、人が来たから頑張って起きて話している義姉が言った些細な事が気に入らなくて、義兄は義姉に大声で言った。

 

「毎日来なくちゃいけないのが、大変なんだぞ!!」

 

わたしは、いたたまれなくて、すぐに「下の子のオムツを替えてきます」と言って病室を出て、帰るまでずっと休日で無人の待合室にいた。

 

義兄はとても優秀な人らしい。

役職も、かなり偉い人なんだそうだ。

この言葉は、もしかしたら年越せないかもって状態なのが、すごくつらくて不安をごまかすために、咄嗟にでた言葉かもしれない。

 

 

でも、わたしには、無理。

 

語彙力が無くて他の言葉が見つからないけど、

ごめんなさい、ホントに無理です。

 

二度と会いたくない。

 

義姉はその2週間後に亡くなった。

 

 

義兄が認知症がすすんできた義母に「何度も同じことを聞くな!」「こんなこともできないのか!」と怒鳴っている姿が容易に想像できる。

 

そして、もし義母も義兄も「こういう時は嫁が世話して当たりまえ」と考えているなら、わたしを呼びつけるだろう。

 

でも、義母にも嫌味を言われまくっていたし、わたしはすでに負担が多きすぎて、もう人に与える優しさが枯れてしまっているので、人手が必要なら夫に帰ってもらいます。

 

親が生きているうちにしか、親孝行はできません!

兄弟で力を合わせて、がんばって!!

 

ここに来て、自分がしていたことや、自分が言ったことが、最後に全部、自分に返ってくるんだなぁ…

と教えられているように思います。

 

幸せな老後って…本当に難しい。