相談受けることが多いですが、
なかなか
心の内を話せない方の為に…
過去記事を
再投稿させていただいています。


~気づき編~

家族を亡くしてからというもの、
心ここにあらずの状態が続きました。

ある日の夢に弟が出てきました。

ずっと泣きじゃくってる。

ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい

約束したのに
守れなかった。

そう言って、
亡くなったときの

状況や光景を

何度も何度も映像で見せるのです。


俺、こうやって死んじゃったんだよ。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。

約束したのに、ごめんなさい
心配ばかりかけてごめんなさい

俺はもう死んじゃったんだよ


死を受け入れることが
出来てなかった私に
繰り返し言い聞かせるように
映像を見せては、謝る。

それを見せられるたびに、
何度も助けに駆けつける。
でもいつも手遅れ。

心臓が破裂しそうだった。

いや、もう裂けてたと思う。

泣き叫んで、目覚める
そんな日が何日も何日も続いた。


その頃、
あまりにも家族が亡くなるから
何故なのかを真剣に考えるようにも
なっていた。

少しは、神仏の知識はあった。


ふと、思い出した。。


そう、幼少期……。

両親、共働きで忙しくしてた。
弟妹も多かったから大変だったんだと思う。

お姉ちゃんだからって、
何でも我慢させられて、
叱られるのはいつも自分。

褒められたことなんて一度もない。

それで不気味な発言するもんだから、

孤立してた。

孤独だった。

そう初めて強く感じ始めたのが
物心付いた
3歳くらいの頃からだった…。

一番愛されたい時期じゃない?

いっぱい抱っこしてもらったり、
頭をヨシヨシって
撫でてもらいたかったんだ。

願いは、それだけだったんだよ。

おもちゃなんて興味なかった。
ねだったこともない。
お人形で遊んだ記憶もない。

ずっと、婆ちゃんちのネコといた。

愛されたかった。

でも
愛されてないなら

この世から消えてしまいたい。

ずっとそう思ってた。

愛されてないのに

何で生きてるのか、分からなかった。

まさか、3歳でそんなこと考える子供が
いるなんて想像もできないよね。

私は、そんな小さな頃から

生きる意味って何なの。

そう考えてる子だった。


生きること、
死ぬこと、
それを深く深く考える事が
たった20年しか生きてなかったのに
何度も何度も訪れる。

何…?これが意味するもの…。


今世は、
命とは何なのかを真剣に学ぶために
生まれてきたのかもしれない…。


そう気付き始めた頃、
誰かに言われたのか、
本をみたのか分からないが
こんな言葉を見た。


「亡くなった人に
いつまでも
何で死んでしまったの?とか、
戻ってきてほしいとか、
助けてほしいと言ったり、
落ち込み続けて元気を無くしていたら
亡くなった人は、
心配で心配で
あの世へ旅立つ事も出来ません。
ただでさえ、未練もあるのに
更に引き止めるような願いをしたら
ずっと成仏出来なくなってしまいます」


心を突き刺していた何かが、
すっと取れた気がした。


やっと分かったんだ。


あの夢の意味。


私を心配して、
弟は旅立て無かったんだ…

約束もしてたから。


すぐにお墓へ行って、言ったよ。


「弱い姉ちゃんでごめん。
お前が亡くなったこと、本当に悲しい。
悲しいけど、お前が生きられなかった分も
姉ちゃんが頑張るから…!!!
約束は、また来世で果たしてね。

引き止めてしまってごめんね。
また生まれ変われるように、
修行の旅へ出てほしい。

次に会えるのは
多分、私が婆ちゃんに
なってからだけど
しわくちゃになってても、気づいてね。」


それからというもの、
泣きじゃくりながら
夢に出てくることは無くなった。



何ヶ月か経った頃、

また夢に弟が出てきた。


元気だった頃の姿で、
スーツなんか着込んじゃって
スッゲーお洒落してる。

弟は、市原隼人の若い頃に凄く似てる。

そのせいか、スーツがすごい似合ってる。

胸元に真っ赤なバラがさしてあった…
本人は凄いお洒落したかったみたいだけど、
それにはクスッときた。


「友達とさ、約束してるんだ!
じゃあ、行ってくるからね!またね!」


そう笑顔で言って、
玄関を飛び出して行った。


物凄く眩しい光の方へ走っていった。

大好きだった、
野球道具をたくさん抱えて。


弟とした会話はこれが最後。




光の方へ旅立った瞬間だった。



曾祖父はね、

前回話したように
物凄い信心深く、
常に生かされてることを
感謝してる人だった。

太陽に神様がいることも、知ってた。

ずっとずっと感謝して
争うこともせず、
優しい仙人みたいな人だったからかな…。

亡くなるときも、
自分でトイレに行って
そのあと、
何か疲れちゃったなぁ
そう言って座って、そのまんま眠るように亡くなったんだ。


生き様が死に様

これって本当なんだね。

お葬式も自宅で行ったんだけど、

1,000人近い人が参列して

お坊さんも20人くらいいた。

この世で、すごいたくさんのご縁結んで
徳を積んでいった。
泣いてた人、たくさんたくさんいた。


魂の最期の転生だったのかな…

じいちゃんだけは、スッと成仏して

夢に現れた時には、
じいちゃんのまわりには
目を開けてる事の出来ないくらいの
眩しい後光がさしてた。

かなり位の高い神様が着てる
ちょっとヨレヨレした白い布切れみたいな
着物を着てた。


もう人と同じ波長ではなかった。

温かくて、温かくて、日だまりのような
世界に旅立った。

じいちゃんと会えたのは、
それが最後。

神様になったんだって思う。


婆ちゃんは、すごく心配性。

最期まで私のこと気にかけてた。

亡くなってからも、
すぐには旅立ててなかった。

夢に現れる時は、
決まってよそ行きの
可愛いふわふわのスカートはいてる。

一番きれいだった頃の年齢まで
若返ってるんだよ。

私の知ってる婆ちゃんは、
いつも質素で地味な
格好ばかりしてた。
すごい苦労人で、我慢我慢の人だった。

ずっと
お洒落したかったんだね。

リボンまで付けて、真っ赤な口紅して
すっごいかわいかった。

大人になるにつれて、安心してくれたのか
もう出てくることは無くなったよ。



祖父は、

お葬式から数日後かな…


「なぁ、Alice!
じいちゃんの葬式、ほんとに立派に
やってくれたな!ありがとう!!
嬉しかったよ!!
みんなにもご苦労だったと伝えてくれんか!」

病気してからは、かすれた声しか
出せてなかったのに
大きく通る元気な声!


信じてくれないといけないからか、

私が絶対に知るはずの無い事柄!
だけど、
他の大人たちは知ってるって内容の
伝言も預かった。


私からのその伝言を聞いて、
祖母らは祖父からの言葉ってしっかり
気付いてくれた。

祖父も、とびっきりのお洒落をして
大好きだって話してた
古い街並みのある素敵な場所へ
旅立って行った。

癌と宣告されてから、
死の覚悟もしていたから
成仏も早かった。


私の子供たちはね、

私が妊娠して弟らが生まれる前後に
何度も私の前に現れた。


ニコニコ笑ってて、やっぱり淡い水色の
洋服着てた。

心配で会いに来てくれてた。

その子たちが現れる時は、
決まってふわっと優しい優しい風が吹く。


亡くなってからも、成長するんだね。

その年頃の背丈をしていたから。

最後に会ったのは、7歳くらいの頃。

あれからもう五年も過ぎた。


きっとどこかで生まれ変わってるね。


そう信じてる。



続く














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