パン教室 東京でパンをこねながら思うのは、いったい人はどれだけこの"こねる"を繰り返してきたんだろう、ということです。

そもそもの火元はプディング通りのパン屋であった。

その火の粉が東風にのって、道を隔てた向いの旅籠の、中庭に積み上げてあった干し草に飛び移り、つづいてテムズ街の倉庫に燃え移ったのだという。

パン窯のあるところに火事の心配が絶えなかったので、パン屋はその意味でも規制の対象であった。

「パンは神がつくり、パン屋は悪魔がつくった」という言い回しがドイツにはある。

悪魔がつくった職業と見なせるほど、パン屋はきつい仕事だと解釈するのがパン屋。

悪魔がつくったと見なせるほど、パン屋は悪いやつらだと解釈するのが消費者である。

後者が語るように、細かい規制にもかかわらず、いたるところに悪徳パン屋がいたことは事実である。