東京で初めて個展をすることが決まり、
日帰りで打ち合わせに。
無事済んだあとにバスの出る新宿にて
ショッピング中その地震は起こりました。
ショーケースはゆがんで揺れて
人々は出口に殺到
私は逃げずに立ちすくみました。
デパートのテレビで状況を垣間見、
まず震源の実家、家族全員へ
順番に電話。
何回ローテーションしたか、
二時間後にようやく祖母の声。
全員無事
あとは山梨へ帰れなくなった我が身の始末を。
職場へ、
翌日の休暇願いを。
歩いて
新宿のホテルめぐり。
どこも満室。
カフェに入り浸る。
間も無く閉店…もう何も考えられない。
…
20時に奇跡
吉祥寺の友人が
私の東京に居るつぶやきをSNSで確認
電話が来、すぐさま西へ歩き出す。
二時間後、西荻窪で合流。
彼女はチャリの後ろに私を乗せ
颯爽と帰路へ。
深夜二人、
相次ぐ余震に怯えながら
現実のものとは受け入れ難い映像を
無言で眺めた。
翌日夕方、山梨へ。
私の震災の一日です。
今でも吉祥寺の友人には感謝してもしきれません。
あの日、私が宮城出身だとすぐにメールを下さった全ての友人にも感謝です。
生きていてくれた宮城の友人、
心細くて、一緒に泣いてくれた宮城出身の友人達、
私の気持ちに寄り添ってくれた山梨の友人達、
今も皆様の支えに感謝する気持ちは変わりません。
この日が来る度に
忘れてはいけない地震の恐怖を再認識しますが、
私にとっては
同時に
多くの友人達に支えてもらった心強さを思い出すのです。
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