私は毎日am8:15頃に家を出て、出勤するのですが、

今日はその時刻にこの街に放送が流れました。


私は黙祷を捧げてから家を出ました。





私が高校受験をした年は、戦後50年という節目で、社会科では戦争にまつわる問題が多々出題されたのは印象的でした。
今でも覚えています。
答えられなかった一問が悔しかったことを。
私たちの世代が、戦争を経験してない世代だということを、痛感させられたことを。





平和ボケの時代に地震は訪れ

原発、放射能問題を抱え戦後67年を迎え

今朝の報道にもそれらが盛り込まれ、


無理矢理感を 覚えてしまった。



例え地震が無くても、弔われなければならない出来事に

現在の事象を重ね合わせれば関心は持たれるのか…

そんな微かな違和感を。



☆★



私は戦争を経験しておりません。

亡くなった祖父から生前、熱心に聞き出し知ろうとしていた私はまだ若すぎて、

今でこそ知ることが難しいけれどまだ、

生きている祖父母の世代の方々が居ります。

その方々が生きて居られるあいだに

色んなことを聞きたいと思います。

そして、その方々は、決して邪険にすることなく寧ろ、話したいといった素振りで多くのことを語って下さいます。

私の祖母がそうであるように。



☆★



決して今の短絡的な解釈ではなく。

全く別の問題であるからにして。

純粋な経験談を聞くべきであって…









今日という日を 最高の日と言える一日にしよう

会社の心得のなかにあるワンフレーズです。


改めて、こんな時代にも

先人たちの 生きるに必死だった時代のような心持ちと同じくらい

私たちも一日一日を

大事に生きようと誓いました。







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