こんにちは。

らんです。





長男が不登校になった頃

不安で泣きたくて苦しくて

なにかに誰かにすがりたくて。


誰かに相談したくても

周りには子どもが不登校になっている
お母さんがいない。



不登校の親の会みたいなものが

オフラインやオンラインでもあって

そういったものに参加しようかと

思いました。


でも

どうしても参加できなかった。


1つは

私が人見知りだから。

初めての人がたくさんいる中に

ぽんと飛び込んでいく勇気がない。


もう1つは

その場にいるお母さん方が

私と同じ境遇であるにも関わらず

楽しそうで

きらきらして見えて

自分と比べて

落ち込んでしまいそうだったから。



そんな理由から

どうしても参加できなかった。





そして

そんな自分をずっと責めてきた。


母親でしょ?

子どものために

ちゃんとそういったところに参加して

情報を集めた方がいいよ。

そんなこともできないの?

子どもより

自分の気持ちを優先するの?

母親としてそれはどうなのよ?

そんなんだから

子どもがいつまでたっても
立ち直れないんだよ。

こんな母親では

子どもがかわいそうだよ。



ずっとそう思っていて

「子どものために参加しなきゃ。」

「いやだ、行きたくない。」

って葛藤があって

弱い母親である自分のことが

大嫌いでした。





でも

今振り返ると

自分の気持ちを大切に扱ってあげられた

って思ってます。


散々小言は言ってしまっていたけど

嫌がる私を

無理矢理引きずって

あの場に行かせなくってよかった。

最終的には

行きたくない、怖いっていう

自分の気持ちを優先してあげられた。



今は

不登校カウンセラーの先生や

適応教室の先生といった

私が安心して相談できる場所を見つけて

長男を任せることができている。


自分に無理をさせる環境でなく

頼れる場所は

ちゃんとあった。



だから

あの頃の私

グッジョブ( ´∀`)b





そんな自分を認められたら

長男の気持ちも

少しずつ理解できるようになりました。



自分を否定することを何度も言われて

自信がなくなって


何度も嫌な思いをした場所に行くのは

そりゃあ怖いよね。

逃げ出したくなるよね。


学校に行かないということは

そんな自分の気持ちを大切に扱ってあげた

ということ。


いつでも

自分の気持ちより

周りの人の気持ちを優先して

苦しくなってしまう子なのに

今回は

ちゃんと自分の気持ちを優先できた。


長男、グッジョブ( ´∀`)b



そして

そんな状況にあっても

自分に絶望せず

大学に行きたいという夢のために

怖さを克服して

学校に行こうとがんばっている。


夢をあきらめないその姿勢。

すごいじゃん⤴⤴






あの頃の私にかけてあげたい言葉は


母は強しとか言うけど

弱い母でもいいんだよ。

そのまんまの弱い自分でいることで

子どものことも認められるようになるから。


お母さんが笑顔でいること。

これの意味するところは

無理して笑顔でいることじゃなくて

自分が安心できる居場所で

心から笑っていられること。



頼れる場所は1つだけじゃなくて

いくつもある。

その中から

自分に合った居場所を

無理せず選んでいけばいい。






この言葉は

そのまんま

長男にもかけてあげたい言葉でもあると

そんな風に思いました。







ブログをたずねてくださった皆さま
ありがとうございます。

それではまた照れ