猫トイレ -5ページ目

猫トイレ

独り言日記です(゚Д゚)

入学して1ヶ月が過ぎました。

息子は相変わらず、毎朝泣きながらの登校。

帰宅後も引きこもる生活が続いてます。


けど、鬱々と引きこもってるわけではなく、家ではニコニコ過ごしてるし、

学童にお迎えに行くと、仲良い友達と楽しそうに騒いでいる。

4時半に迎えにきてな!と言われたから行くのに、行ったら行ったで

「お迎えはやいー!もっと遊びたい!」と言われ

結局学童が終わる5時まで待たされる日々・・・。


でも、そんな姿を見れるのが嬉しい。

毎朝、家を出ると泣き出して、なかなか歩こうとしない。

上級生たちが背中を押して無理矢理つれて行ってくれて、なんとか歩き出すのを見届けると

私もそれだけでぐったりしてしまい、その後家で1人でいてもずっと考えてしまう。

「幼稚園の頃は毎朝笑顔でいってきまーすと行けてたのに・・・」

「幼稚園終わったあとは着替える間もおしんでお友達と遊びたがってたのに・・・」

「今日も学校から帰ったら引きこもるのかな・・・」とか。

やっぱり昔と比べてしまう。

なので、学童で気の合う友達を見つけて、笑顔で楽しんでる様子を見れると、

それだけでホッとして、「まだ大丈夫」って思えるのだ。




で、朝7:40に息子とバイバイして、帰ってくる4時半まで、私にはたっぷり時間があるわけです。

その間、ひたすらネットや本や文献などを読み漁っています。

「分離不安障害」「登校拒否」「小学1年生の心理」「登校時に泣く子供」などなど。


いろんな記事を読んで、周りの親子たちを見て聞いて、思ったことがある。

私は、過干渉な親だったんじゃないかと。


息子にこの症状が出始めたときは、親の愛情が足りないのだと思ってた。

愛してても、行動に示さないから、子供に伝わってないのだと思ってた。

それももちろんあると思う。

それに加え、私は過干渉だったのかなあと。


息子が外遊びしてる間、常にどこにいるか、友達とどんな話してるかを気にして

窓からちょくちょくのぞいてた。

友達とケンカになったら私も外に出て、状況を聞いて解決させようとした。

もっと昔は、息子が転んだらかけつけて抱き起こしてあげてた。

赤ちゃん時代は、ちょっと泣いただけで抱っこしてた。

そのほかにも、

「幼稚園で嫌なことないか~?」と聞いたり

「○○ちゃんと仲良くしてあげて」と友達関係に口出ししたり

大勢の中でぽつんとしてたら「あそこに入れてもらい」と口出しだり、

外から帰ったら「手洗いうがいしなさいよ」といちいち言ったり

「明日の幼稚園の用意しぃやー」と言ったり

「ゲームは何時何分まで」「こんな時間からゲームだめ!」と制限したり

「今日は半袖がいい」と言う息子に「今日は冷えるから長袖きなさい」と言ったり

幼稚園に忘れ物してたら、あとから届けに行ったり、

外遊びの気分じゃないのに、お友達が誘いにきてくれたら「せっかく来てくれてんから行っておいで」と行かせたり。


思い返せば、ほんとに息子の日常に口出ししすぎてきたと思う。

上記のこと全てほっといて、息子に好きにやらせて、自分で判断させるべきことだった。

外遊びしてるときに私が心配しなくても、嫌なことがあれば勝手に帰ってくるし、

喧嘩したなら子供同士で解決させるべきだった。

お友達の誰と仲良くするかなんてのも子供の自由。

新しく友達ができたり、ケンカしたり、親が口出しても出さなくても、結局は子供同士の問題。

ゲームしすぎて目が悪くなったところで、困るのは息子自身、

寒い日に半袖きて後悔するのも息子自身、

明日の用意もせず忘れ物して困るのも息子自身、

うがい手洗いしなくて風邪ひいて、しんどい思いするのも息子自身、

そうして失敗していくことで、自分で色々考え判断できるようになっていくものを、

私は先回りして、失敗させないように口出すことで、息子の成長を邪魔してきたんだと思う。


その結果、息子は失敗したことから自分で立ち上がるということをしてこなかったので

幼稚園や学校で、失敗することを極度におそれ、先々のことが不安になり、

失敗を回避するための助言をしてくれるママがいない場所には行きたくない、

という心理から今みたいな状況になったとも思う。


もちろん、それが全てというわけではないけど・・・。

前に書いた日記の内容が原因とすることもあると思うけど。


でも、ある程度ほったらかしにされて育った子って、ほんとにたくましいのよね。

きょうだいがいっぱいいる家庭や、お母さんが働いてる家庭、

そんなお母さんたちと話をさせてもらうと

「いちいち構ってられへんから、ほったらかしやわ~」と。


それが、子供にとっては寂しいかもしれないけど、大事なことでもあるんだなと思った。

我が家のように、母が専業主婦で一人っ子だと、

母は全ての神経が子供1人に集中してしまう。

仕事もしてないから他に考えることもないし、きょうだいもいないからその子1人の言動だけを気にしてしまう。

「いちいち構ってられへん」と言われ育った子は、確かに悪さしたり意地悪言ったりもするけど、

実に伸び伸び生き生きしてるなぁと・・・。

「忘れ物してるけど、仕事あるし届けてる時間もないわ、子供がなんとかするやろ」

「きょうだい喧嘩してるけど、家事もあるし構ってられへんわ、ほっといたら仲直りしてるし」

それくらいの放任度が、私にはなかったんだと思う。

子供に任せる、ということを今までしてこなかった。


だから今でも息子は何かするたび私に

「~していい?」と聞いてくる。

自分で考えて判断する、という能力が低い。

私が今まで先回りして、「やってみて失敗する」ということから回避させてたせいだと思う。

ある程度放任して、好きにやらせて、学校や幼稚園生活、友達関係においても、

失敗すること、失敗から自分で立ち上がること、

失敗して先生から怒られること、怒られてもいいということ、

失敗して怒られて、成長していくということ。

それを私が教えてこなかったんだなぁ・・・。



そんなことを、色んな人と話してみたら、みんな

「それくらい普通に言うやろ~」

「それのどこが過干渉なん?親なら口出して当たり前の範囲と思うけど」

と言ってくれる。

だから、一概に悪かったわけではないのかもしれない。

でも息子にとってはよくなかった。




------------------------------



ここまで2週間ほど前に書いて放置してました。



そしてここ2週間、息子も調子の良い日は外遊びに行くようになった。

過干渉を控えるようにし、色んなことを息子に判断させているうちに、

家にこもっていることにも飽きたのか、Hちゃん誘ってくるーと、自分から外に出かけた。


相変わらず登校のときには泣くけど、

学校に着いたら楽しんでるらしく、

毎週泣いてた習い事も、今週は泣かずに行けた。

やはり、過干渉だったのか、それを控えることによってマシになってきたのか、

学校生活に慣れてきたせいか、それは分からないけど。

少なくとも2月に発症したときに比べて症状はマシになってきてるように思う。


でも日によって波はあるようで、昨日は絶好調だったのに今日は絶不調だったり、色々。

それによって私の感情も振り回されてほんとに疲れるんだけど・・・。


先週の金曜は、学童から帰って疲れてるはずなのに、夜7時まで外遊び。

土曜は、昼から外にいたのに夕方いくら言っても帰ってこず、結局帰ってきたのは夜7時半。

小学一年生が7時半まで外遊びとか、ほんとはやめさせなければならないんだろう。

門限に帰ってこないのは、叱らないといけない場面なのも分かる。


けど、息子が外遊びしてる姿が、ほんとに嬉しくて。

2ヶ月半、自分から外遊びに行こうともせず、私が無理矢理つれだしても

楽しそうにすることもなく、ちょっと嫌なことがあったら泣いて帰ってきて引きこもる・・・

ずっとそんな姿見てたから、外で笑ってるだけで嬉しい。

帰っておいでーと言っても「まだ遊びたい!」と言えるようになったことが嬉しい。

前まではそれが普通だったから、「何時やと思ってんねん!」と叱って帰らせてたけど、

それが普通じゃなくなると、”普通”であることがどれだけ嬉しいことなのかと思う。

だから今は、夜遅くまで遊んで帰ってこなくても、

”友達との楽しい時間”を優先したいと思うのだ。

「門限を守ること」が将来なんの役に立つか。

それより、「友達との付き合い方」のほうがよっぽど重要なことだと思う。

門限守らなくても、親の言うこと聞かなくても、友達との過ごし方を今は大切にしてほしいと思う。





子供が1歳になる前mixiやってたころ、その時の日記に

「生後1ヶ月過ぎたら楽になる、3ヶ月過ぎたら楽になる、って思ってたけど、月齢増えるごとに大変なことも増えるなぁ」と友達と話した、と書いてた。

今思えばそんな月齢ごとの悩みも、小さな悩みだったなぁと思う。

0歳代の、夜寝ないとか、離乳食食べないとか、後追いが激しいとか、

1~3歳のイヤイヤ期が激しいとか、

当時は大変だったと思うけど、体力と忍耐力があれば乗り越えてこれた。

今は・・・体力勝負はないけど、精神的に本当にきつい。

どうしていけばいいのか、答えもないし正解もない。

子供の精神面に親はどう接していけばいいのか、良かれと思ってやってることが子供のこれからの精神面にどう影響していくのか、子供が辛い思いしてるときに親はどう接してやればいいのか。

先が見えないから答えが分からない。

6年半子育てしてきたけど、今が一番しんどいなぁと思う。


でも、今私がこう思ってることも、何年かしたら、この悩みすらマシだったと思うんだろうな。

先輩ママの話を聞くと、中学での反抗期の激しさとか、高校での男女交際とか、

小学生まではずっといい子だったのに中学生になっていきなり不登校になったとか、

学生生活が終わっても、就職の心配だとか、結婚の心配だとか、

結婚したらしたで、今度は孫の心配だとか。

そんな先輩ママみんなが言うこと

「生まれてから入園までが一番ラクやった」 と。

6年半しか子育てしてない私でさえそう思うんだから、これからの子育て、本当に色々大変なんだろうな。



いつか日記に書いた「育児は育自」。

親が子供を育てるのと同時に、親も子供に育ててもらってる。

辛いことや心配ごと、ほんとーにいっぱいいっぱいあるけど、

その分、子供に幸せもたくさんもらっている。

どんだけしんどくても、子供がいなかったころの生活に戻りたいとは思わない。

最近抜け毛もひどいし胃痛もひどいけど・・・

それでもやっぱり、子供の存在は私の全て。



----------------------------------------


で、抜け毛。


脱毛症というのはサイクルがあり、強烈なストレスを感じてから2~3ヶ月後に抜け始めて、円形脱毛症になる。

過去三回、円形脱毛症を経験したけど、どれもストレス感じてから3ヶ月後だった。

そして今、息子が発症してからちょうど三ヶ月。

三ヶ月前、食べれず寝れずで一番苦しかった時期だった。

ここから抜け初めてまたハゲるのかなぁ・・・T_T

洗面台に散らばった数百本の私の髪の毛を見て息子、

「ママはげたらあかんー!はげたらキモイー!!」と。




私のストレス、全ておまえ関連なんだが??むかっ





ママがハゲてキモイなら、泣かずに登校しろ!

しょーもないことで泣くな!

おまえのことで悩みまくって、一日数百本抜けるママの髪の毛をキモイという前に、せめてちょっとは頑張れ!w



はじめてハゲたときは働いてたし、人の目もあってヅラかぶって出勤して余計にストレスたまって

悪循環だったけど、今はハゲても専業主婦で人前にも出ないし、当時に比べたらだいぶ楽だけど・・・。

でもやっぱり、洗面台に散らばる髪の毛見ると、きついなぁ。

ツルンとはげる前に、収束することを祈るばかり。

そろそろ働きに出たいと思ってるとこだし、そんなときにハゲは、ちと困る。

結婚しても長年、子供はいらないと思ってた私が、子供ほしいと思ったきっかけであり、

出産してからも育児書代わりに読んでたブログ。


漫画家の松本ぷりっつさんの育児ブログ。


久々に読んでて、このページで泣いた。

スーちゃんが、我が子の性格そっくりなのもあってw



http://ameblo.jp/3shimai/entry-10228044791.html



ほんと、この人みたいに育児したいと思うばかりです。




最近色んなことをブログに書いてるんだけど、

下書き保存するばかりでアップできないでいる。


色んな思いや迷いがあって、自分自身の考えもまとまらない。

決意したはずのことに対してもまた迷いが出たりもする。


頭に心がついていかない・・・そんな日々です。


小学生になりました。

入学式も色々と不安だったけど、事前に学校に相談に行ったことにより、

学校側で色々対策してもらえて、特に問題もなく無事式を終えた。


クラスも、幼稚園で仲良かった友達数人と一緒になれて安心。

式当日も、受付で仲良い子が一緒だったことで、泣かずに私から離れて教室に行けた。

幼稚園で親しくなったママさん5人でグループみたいになってるんだが、

5人みんな同じクラスだったw

まぁ子供同士はみんな仲良しってわけではないので、子供たちがグループ行動することはないけど、

少なくともクラス単位での保護者の用事は親しいママさんと相談しあえるのが何より心強い。



そして息子は、学童にも入った。

私もそろそろ仕事を始めたいので。

(というかほんとは働きたくないけど仕事しないと家計が苦しいので)

入学式は4/6だったけど、学童には4/1から通った。

初日は泣かなかったけど、次の日からは泣いた。

ママと離れるのがイヤ、学童が不安だからイヤと・・・。

幼稚園の終盤と同じ。

起きてから家を出るまではなんともないのに(むしろ元気いっぱいなのに)

いざ私と離れる場面になると泣き出す。

離れるときは泣くけど、離れてしまえばほんの数分で泣きやみ

あとは普通の子となにも変わったこともなく、普通に過ごしている。


幼稚園のときは、それまで全く泣くこともなかった息子を見てる先生だったから

私と同じように「なんで急に泣くようになっちゃったんかなあ」と

不思議に思いながらも上手に対応してもらえた。

でも、それまでのことを何も知らない学童の先生は

「小学生にもなってママと離れるときに泣くなんて」と

そんなふうに見られてるのが、私から見てもわかる・・・。

それが辛い。

「幼稚園のときもずっと朝こんな感じでしたか?」と。


いやいや、年少の中盤から泣かずに登園してたし!

丸2年以上も、「ママばいばーい!」と、泣くこともなく笑顔で登園してたし!

ママと離れるときに泣くようになったのも、ほんの卒園1ヶ月前からだし!


しっかりしてた頃の息子を見てた自分としては、それがほんとにもどかしい。

息子のこの病気さえなければ先生にそんなこと言われることもなかったのに。

私と離れるときに泣くのは、甘えとかじゃなく病気のせいなのに。

それを一番苦しんでるのは息子自身なのに。


入学前の学童でそんな感じだったので、

やっぱりこれは担任の先生に話しておくべきだと思って学校に相談に行った。

事前に電話して教頭先生と約束を取り付けると、相談の当日、

校長、教頭、担任、支援学級、と4人の先生が待ちかまえてくれてた^^;

先生方4人と、何日か話し合いを重ねた。


息子が不安障害と診断されたこと、その不安障害は、生まれ持ったアスペルガー・ADHDからくるものかもしれないということ。

それはまだ5月の心理検査まで断定はできない状態だということ。

だから、普通学級か支援学級(昔でいう養護学級)か判断もできないため、とりあえずは普通学級で入学させるが

支援学級のほうが良いと学校側で判断されたら連絡してほしいこと。

症状としては、ママから離れるときに泣くこと、なので登校が困難かもしれないこと。頻尿と腹痛により授業中でもそれを我慢できないためトイレを我慢させないで頂きたいこと、何かを強要されるとチック症状が出てしまうので、何事に関しても無理強いさせないでほしいこと。


相談しながら、私自身もまた凹んでしまった。

ほんの2ヶ月前まで、何の心配もなく小学生になれると思ってた息子。

朝も元気に登園し、幼稚園でもしっかり者と言われ、降園後も友達と元気に遊んでた。

それが、こんなことになってしまって、私自身も受け入れようと思いながらも

まだ気持ちが付いていかなくて。

「私たち家族もまだ息子の症状の全てを把握しきれなくて、これから学校生活でどんな症状が出るのか分からないため、先生方にもご迷惑おかけすることもあると思います。」

などなど私自身の気持ちも聞いてもらった。


そんな色んな話をしながら、担任の先生や支援学級の先生が言ってくれたこと。


「お母さん、よく相談にきてくださったね。こうして来てくれるだけでも勇気いったでしょ」

「入学前にきてくれることで私たち教師も事前に対策できるし、とても有り難いんですよ」

「支援学級の先生もクラスに入らせてもらいますし、担任も精一杯サポートさせてもらうので、お母さん、学校でのことは何も心配しないでくださいね」

「息子さん大丈夫。こんなに息子さんのこと考えてくれてるお母さんが付いてるんですもん。」

などなど。


ほんとにいい先生方に恵まれたと思った。

そして相談が終わって校内や教室を見学させてもらいながら

担任の先生が言ってくれた。

「お母さん、頑張ってるね。お母さんが一番辛いのにね。」


幼稚園の先生も息子にはしっかりサポートしてくれたけど、

先生からこんなふうに言ってもらうことはなかった。

自分より年上で、お子さんもいる先生って、やっぱり「親」としての気持ちも考えてくれてるんだなぁと・・・。




幼稚園と違って、毎日先生と話すこともないので、

学校での様子を聞くこともないし、

朝も送っていけないし、帰りも迎えにいけない。

それがこんなに辛いなんて。

小学校入ったら送り迎えしなくていいから楽になるわ~なんて思ってたけど、全く違った。

送り迎えできるほうがよっぽど楽。

ちゃんと行けたか、ちゃんと帰ってこれるか、学校で泣いてないか、心配で心配で

家にいても息子のことばかり考えて気持ちが落ち着く暇もない。

世のお母さんたちって、みんなこんな心配を乗り越えてきたんだなぁ。

(まぁ息子の場合は病気のこともあるので余計にかもしれないけど)



これから20歳前後まで続く長い長い学生生活の第一歩を踏み出した息子。

親の見えないところで、楽しいこともあれば、悲しいことやしんどいこともいーっぱいこれから経験していくのだろう。

自分も経験してきたような友達とのトラブルや学校でイヤだったことも

これから我が子が一個一個経験していくのかと思うと

自分が経験するより辛いけど。

親ができることなんかしれてるけど、息子が辛いとき支えられる存在でずっとありたいと、思います。

無事に幼稚園を卒園しました。

卒園5日前にインフルエンザにかかり、幼稚園最後の週をまるまるお休みして、久々の登園が卒園式。

卒園式が一日早かったら出席できなかったし、インフルになったのが一日遅くてもできなかった。

最後の週にかかるあたり運が悪いけど、ある意味運がよかったのかもしれない(-_-)

まぁ最後の週ということで、ママ友さんたちと全日約束してたのが全てキャンセルになってしまった私は残念でならなかったわけですが。



卒園の日は、朝バイバイしてもパパもママも式場にいるという安心感で、泣かずに登園できた。

式での「卒園児の言葉」も最後のお歌も、一生懸命がんばれた。

卒園証書授与で一人一人名前を呼ばれて「はい!」と返事するのも、しっかりできた。


ただでさえ不安な状態の息子なのに、卒園前に一週間も休んでぶっつけ本番で大丈夫だろうかとすごく心配だったけど、ほんとにしっかりやってくれた。

他の子と何も変わりない、立派な姿だった。


3年前の入園式では大泣きしたこのお遊戯室で、立派に卒園証書を授与されて

みんなと一緒に歌も歌い、しっかり友達の手を引いてリードしている姿・・・。

ほんとに大きくなったなぁ。

卒園児たちの「思い出のアルバム」の歌で、私も思わず涙が。

ほんとに3年間いろんなことがあったな。

3年間、息子、いろんなことをがんばってきた。


卒園おめでとう (*UωU*)




その後クラスに戻り、最後の「せんせいさようなら、みなさんさようなら」と終え、園庭へ。

子供たちも、お母さんたちも、みんな最後の園庭遊び。

お友達や先生と写真を撮ったり、お母さんたちも最後のおしゃべり。



年少のときはこの時間がとても苦痛だった。

息子はお迎え後、園庭で遊ぶのに、ママがぴったり側にいないとだめ。

他の子は友達同士で遊び、ママはママ同士でお喋りしてるのに、

私が他のママさんと喋ろうものなら息子は「自分から離れるな」との如く癇癪おこすため、

お迎え後の園庭遊びをしてるにもかかわらず、ママ友は全然できないし

私が息子に付き添ってる間に他のママさんたちは交流を深めていくのを横目でみてて、

気づいたときにはママ友グループができあがってて、その後、入れる雰囲気でもなかった。


けど年長になってみると、いつの間にかマ私にもマ友はたくさんできてたし、

あれだけママべったりだった息子は、私が見失うほど友達とワーッと走り出して友達同士で遊んでたり。


「ママさんたちみんなが楽しそうな中で一人ぽつんだった自分」だったのが

ほんの2年で

「お迎えに行くと誰かと雑談できて楽しい時間、そして息子が友達とはしゃいでるのを見れる幸せな時間」

に変わっていた。

仮に親しいママさんがたまたま誰もいなくてぽつんとしてても、

年少の頃みたいな焦りもなく、一人で子供たちの様子を見て楽しむ余裕もできてた。


私も息子も、成長できた三年間だった。


息子は、心身症により卒園間近になって逆戻りしてしまうようなことになっちゃったけど。

それでも、経験してきたことはちゃんと心に残ってて、知識も増えたし強くもなったし

何より、友達がたくさんできたことが、何よりの成長。


朝とお迎えでしか園での様子は見てないけど、その時間だけでも

「しんちゃんあそぼー!」と寄ってきてくれる友達がたくさんいた。

最後の一ヶ月、息子が泣いて登園できなくなってしまっても、慰めて手を引いて教室まで一緒に行ってくれた友達もいっぱいいた。

3年前は顔も知らなかった友人たち。

そしてそんな友人関係を幼稚園で築いてきたのは息子自身。

今はこうなってしまったけど、こうなるまで

私の知らないところで、たくさんのお友達を作ってきたんだなぁ。



私自身も、息子のおかげで友達ができた。

毎日の送り迎えで出会う人、そして息子が「幼稚園で誰々と約束してきたー」といえば

お迎え後にその子と遊ぶことによってママ同士も仲良くなったり。

大半は卒園してしまえばそれっきりの関係だろうけど、

つらい時に側にいてくれるような、ママ友というより親友とすら思える人にも出会えた。

この年になってそんな友達ができるとは。

それもこれも、息子がいてくれたおかげ。

息子が園で友達を作ってくれたおかげ。





入園して初めての参観日はママを探してお遊戯もできずずっとキョロキョロしてて、

ママを見つけたときにはママの側に行きたくて涙がポロポロだった息子。

最後の参観日には、お友達とふざけあって、ママを見つけると「こっち見るな!」といわんばかりに

照れ笑いするようになってた。

最初の運動会では、始終無表情で不安そうにダンスしてたけど、

年長の運動会ではずっと笑顔で、メインの組み体操もリレーも大活躍だった。

お友達の家に行くにも、ママから離れずお友達と遊べなかったのに、

「ママこなくていいよ!一人でいくから!」と自転車こいで一人で友達の家に行くようになった。

子供がいない場で、ママ同士飲み会で朝方まで騒いだりしたことも、

息子のお泊まり保育のときには息子がいない寂しさ紛らわすためにママ友とカラオケ行って楽しい時間過ごしたことも、

この3年間の楽しかった事、嬉しかった事の全て、息子がいてくれたおかげ。




最終的には逆戻りしてしまうという、いろんなことの積み重ねにより最悪な結果となってしまったが、

この3年間で息子が培ってきたもの、それによって私にも与えてもらったものは確かなもの。

この3年に限らず、息子がいてくれたおかげでここに引っ越してくることになり、

ご近所住宅地でも親しい友達ができた。

息子がいなければ今もあの社宅にすんでただろうし、

息子がいてくれるおかげで私はほんとに友達がたくさんできた。







なんかほんとはもっといろいろ身のあること書きたかったのに

文脈もない独り言のまま完結もせずここで日記終わろうと思います。


・・・眠いので。


今日は幼稚園の友達4人とお花見兼公園遊びに行ってきた。

片道30分自転車。

老いた体にこれはきつい。眠い。寝ます。


そしてブログ書いてる間に私は37歳になったようです。

立派なおばさんだなぁ・・・。

こうしてオンラインで日記を書き始めたときはまだ24だったのに。

干支一周分の年月が過ぎたんだなー。

年とるごとに文章力がなくなり、くどくなり、何が言いたいのかわからなくなるw

今回も、お見苦しい文章を読んでいただきありがとうございました。