ららのひとりごと

ららのひとりごと

☆なんとなく かいてみる なんでもない ひとりごとです☆

ただのひとりごとにつき個人的な戯言多めです☺️

チャランポラン代表のような
父が亡くなった。

私が中学卒業をしてからは
何度も転職をしては
スグに仕事を辞めて
定職について働くことをせず

車を廃車する時に
免許を返納させ

一時はアル中になり
兄が面倒みきれないと匙を投げ
私が居た姫路へ呼び引越しをさせて

こちらでお金の管理をしながら
色んな方法で面倒を見て
お酒の量のコントロールから
最後には強制的にお酒を辞めさせた。

アル中になる前に
タバコも辞めさせていた。

全て取り上げられた人生
自分で招いたこととはいえ
何も選択肢が無くなり

度々その環境に恨みがましい事を
周りの人間に言いながらも
本人的にはどうしようも無いと分かっていたのか
その状況を受け入れていた。

父の認知症が発覚した頃
次はいつくる?
今日来る?
ビールは?
あれが無いこれが無い
毎日の自分勝手な鬼電

私がしていた当時の自営の仕事も経営危機で多忙
自分のワンコの介護
その時の相方とのイザコザで

私はもう疲れ果ててしまい
見て見ないふりをするようになり。

どこか他人事のような。

その現実から目を逸らして。

その後は父に対して
必要最低限のことしかしてきていない。

最初の施設への入居をする前に
2度の引越しをして
段階的にデイサービスやヘルパーさんに
頼るようになり

父も嫌がっていたけど
週に何度か行くデイサービスへは
仕事の日やなって言いながら
自分の中で納得しある程度は
楽しみにしてる様子だった。

認知症が進行して
施設への入居を考える際に相談した兄からは
もう相談して欲しくない。
親子関係は破綻してる。
そう言われても、関係を終わらせず
私がのらりくらりと繋ぎ止めてきた。

施設へ入ってからは
どんどん認知症は進行し問題行動が目立つように
1つ目の施設からは追い出されるように
次の施設へ入ることに。

どこも、受け入れてくれる施設が無く
困っていた時に話を持ちかけられた施設。
すがるような思いで入居。

それから半年程で亡くなった。

体重は入居時から約15~20キロ程も落ち
骨と皮だけ。
部屋の様子は、異様な有様で
鼻を貫くような異臭とカビが生えていた。

施設のヘルパーさんには
毎日入ってもらっていたのに
そんな事が有り得るのか、、、、、

1番腑に落ちないのは
人の食事まで食べて困っていると言われていたのに
そこまでの体重減少。

しかも、問題行動は度々連絡してきていて
入居の前にこういう問題行動があると
全てお話ししていた時は、大丈夫ですよって
言ってたのを掌返したように、これが続けば退去してもらわないとならない。

そんな事は言ってきていたのに
体重の変化や体調については
何も言われていなかった事。

調べると高齢でも1ヶ月に2キロの減少があるのは
何かしらの病気や診断が必要で素人の私でも危険だと分かる。

提携していた病院での健康チェックもあったはず。

半年でそんなに体重が減り
重度の誤嚥性肺炎になるまで気が付かず

こんなになるまで
ほっといたなんて。。。

施設を責める気持ち怒りの気持ちに
震えましたが

見て見ないふりをしてきたのは私も同じだと。
1人で暮らしてる時や、最初の施設の時には
1年近く会ってないこともあったし

今の施設入居からは亡くなる直前までの半年間
会いにも行ってなかった。

私も同罪。
言葉と気持ちを押し殺した。

施設を責める資格は無いのだと。

救急搬送されたと連絡があり
最初にHCUで見た父の表情は苦痛に歪み
骨と皮しかない力ない身体
あうあうあうと朦朧として発せられる声
何かを伝えたいのか、、ただのうわ言か、、
目を潤ませ自分の状況に
恐怖と不安しかない顔をしてた。

もう。
苦しまんで欲しい。

主治医と話がしたい。
次の日、現実を突きつけられた。

認知症で重度の肺炎で体力も無い
一旦、持ち直しても予後不良。
1年持つかどうか。

年齢のこと、現在の状況考えても
延命処置は望ましくない。

このまま延命処置をやめたら
1週間ほどが限界で老衰に近い形です。
と、ドクター。

自分で食べられない
動けない
認知症も重度

栄養を流し込まれ
水分を点滴され
排尿、排便も管から垂れ流し

ベットで暴れるからと
手足を縛られ。

自分の意思では何も出来ない。
そんな意思もない。

3回目の面会。
兄が来てくれた。

延命装置や鼻から栄養を入れる管も
全て外されて酸素吸入だけ
看護師さんいわく
ゼリー状の飲水とゼリー状の食事は
口に入れてもらえば少し食べられている様子。

天井を見つめるだけの目。
話しかけたら、少しは応答する。

お兄が「あなたの息子やで」
私が「娘やでー涼子やで」というと

「おれの息子は男前や」
「おれの娘はべっぴんさんや」

理解してるのかしていないのか
それが会話できた最後の言葉。

お兄が、亡くなったあとのことやお金の話を
病室でしそうになったから
慌てて兄を連れて部屋から出た。
その話しがしたくて来たんか。

というか、いくら認知症で朦朧としてても
意識あって受け答えできるオトンの前で
そんな話しするのはデリカシー無さすぎて
嫌気がさした。

出来るなら苦しみは最小限に
限りなく老衰で最期を迎えて欲しい。

ドクターと話した時
「延命処置は望みません。心臓停止後も蘇生は望みません。」

この言葉が、オトンに対しての
最後の責任と、せめてもの思いやり。
そう言い聞かせた。

こんなになる前に
大好きなビールを飲ませてやりたかった。


後悔ばかりが残る。








せめてもの献杯。








吐き出すため
自分の為に記録した。




あけましてた。笑
今年もよろしくお願いします。

ららたですニコ

かれこれ3ヶ月ぶりのブログ

特にどーしたって訳でもなく
いつものごとく

そう。

暇つぶしです。

年末年始旅行から帰り
おひろ氏が咳風邪?をめされ
有難く頂き。
咳が2週間続いております。

土曜日におひろ氏お仕事が続いていたのもあり
車中泊を3週間おあずけで
ついにガマン出来なくなり

今日は、おひろ氏のシゴオワお昼頃から
出発予定‼️

どこに行くかは
決まってるようなないようなキョロキョロ

いつものことだ笑

幕張メッセのキャンピングカーショーに行くか
草津温泉もええなとか
近場の木曽駒で冬キャンプか

悩みどころです。

✽・:..。o¢o。..:・✽・:..。o¢o。..:・✽・:..。o¢o。..:・

年末年始は相変わらず
兵庫県北部でカニを喰らい🦀
そっから四国へ下りカツオを喰らい🐟
うどんを喰らい🍜

呑んで食って寝ての
年越しキャンプをして🏕
すだちブリを喰らい🐟
淡路島に渡り🌊

ぼちぼち帰る。

ここ4、5年?はこんな感じの
年末年始旅行〜定番になりつつあるニコニコ

✽・:..。o¢o。..:・✽・:..。o¢o。..:・✽・:..。o¢o。..:・

昨年の9月から始めた
派遣先もそこそこ慣れてきて
仕事内容は苦手なものが多いけど
何とかやりくりしながらやってる😂

というか。
名の知れた企業なのに
蓋を開けたらホンマにビックリするような
昭和な感じ。

これでホンマに大丈夫なのか?って事が
いっぱいある🤣

システムも化石のようなものや
わざわざ使い勝手の悪いものを
昔からの付き合い?ルール?に縛られて
変えないスタイルみたい笑

1つ変更しようとしたら
確認、会議、検討、検討、検討、、、
変更する為の変更の会議の会議の会議

そして、やっぱり
今のままで。

みたいな🤣

こういうの、いちばん苦手真顔

まあ、言うても
所属チームの方は良い方ばかり
みんなそれぞれクセは強い

他のチームの人達から
あの人とかあの人
大丈夫?嫌じゃない?って
心配されてるけど

んえ?
あたしはそんなに気にならないニコ

それはきっとあたしが
上回るクセモノだからかな凝視

や、それ以上に
自分に害ない(興味無い)=特に気にならない。

と、なる。

5ヶ月経つけど関わりの少ない
フロアの人の名前も顔も
ほぼ知らないし🤣

お昼ご飯はいつもお局チームに誘われて
一緒に食堂でお弁当食べてたんだけど
1週間ぐらい咳が酷くて車で食べてたら

顔は見たことある程度の人から
急に呼び止められて

ひらめき最近お昼ご飯食べてないの?
仕事には来てるけど
いつもの食堂チームの所で見かけないから〜

ニコいや〜咳き込むから車で食べてるんす〜

って事があったんやけど。


え、ほんで誰?

名前も知らん真顔
ってなって。

みんな他の人のこと
よく見てるなあって

思った。

自分がどんだけ人に興味無いか
思い知った爆笑

フロア内で
派閥?みたいなんも
チラホラあるようやけど

昔から学校も職場も
いつも一緒の仲良しグループとか
苦手やから所属しない。

かと言って
愛想悪い付き合い方はしなくて
そこそこに愛想ヘッドバンキングをして
嫌われることもない。

そーなると
それぞれの派閥が
あいつは無所属だ。
と、思うらしく

害がない?からか
色んな派閥から呑み会やら食事やらに
誘ってくれる爆笑
(週1ペースであるけどほぼ断ってる)

あ、また脱線して
話長なったオエー

そんなこんなで
元気にやっとります🍀*゜


今年もたくさん楽しいことするぞ♡




さ、久しぶりの車中泊準備しよっと照れ



ほなっ
またあっバイバイ飛び出すハート愛









白馬の白馬。













ちなみにおひろ氏は
広告がウザくてアメブロやめたらしい凝視



















ルルが居なくなって6年。
みゆが居なくなって3年。

あれから。

モフモフ出来なくなって
スンスン匂いを吸い込めなくなって
お鼻にチュッチュ出来なくなって
寝てる時に足裏こちょこちょも出来なくなって

ワンコの居ない生活を受け入れようとしながら
たまに無性にワンコ熱が出る。

触れたい🥺
愛でたい🥺
スンスンしたい🥺

この感情にいつまで耐えられるのか。。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

最近、おうちに現れてた黒猫さん🐈‍⬛
お耳をカットされた後があったから
去勢された地域猫さんだと思う。

最初は毛艶もよく
健康的な身体づきをしてた。

きっと、どこかに推しのお家があって
ご飯貰ってたりしながら
うちは立ち寄り所なんだろうな。

毎日ふらっとやって来ては
日向ぼっこしていたり
軒先の台の中に入って寝ていたり

先日は開けっ放しにしてた
SEDONAの中に知らない間に
入って寛いで居たり。

でも。
数週間ほど前から
少し元気がないな?
あれ?ちょっと痩せた?
ん?毛艶がなくなってきたな?

そう思いながら
もうお年寄りっぽい感じだったからかな?
と、気になってた。

そしたら
みるみるうちに
体調が悪そうになっていき
動きもさらにノロノロとして

ある日から鼻水が出て
目ヤニが酷く固まり
目を開けられないほどになっている。

相変わらず近ずき過ぎると
逃げ出そうとする。

これはきっと猫風邪か
あるいは他の病気だろう。

ご飯食べられてないのかな?
あまり不用意にご飯をあげたりしてはいけない。

それは優しさのそれとは違う。
命と向き合う覚悟。
この子の人生を背負う覚悟。

そう思っていたけど
どうしようもなく気になって。

猫用のパウチを
おひろさんと買ってきて

あげてみるが、やはり食べない。
食べられないのか、、、、、

心配。。。だけど
今までこの年齢になるまで(きっと老猫)
野良として生きてきた。

そんな逃げる弱ったこの子を
無理やり捕まえて無理やり病院へ連れて行って
というのは何だか違う気もする。
それこそ、この子の命に向き合う覚悟が持てない。

でも。。。
もし。。。

もしも。。。

ごはんを食べてくれたら
近寄ってきてくれたら
この子を招き入れよう。

そんな事を考えていた。

ご飯には見向きもしなかった。

やっぱりこの子はもう食べられないんだ。
自分で覚悟を決めているのかもしれない。

見守るしかない。

昨日。

おひろさんが仕事に行く時
猫さんがヨロヨロと車の下から出てきた

木の下まで行き
力なくうずくまった。

いても立っても居られなくなり
ダンボールに暖かい毛布を敷きつめ
そっと傍においてあげて
家の中から隠れて様子見てた

当然、全然入らなくて
全く動かない。

1時間ほど経った頃に見てみると
姿が消えてた。

夜になっても戻って来なくて
いつも寝ていた軒下の台の下も居ない。

朝になっても戻ってこない。

猫さんは人知れず
ひっそりとその命を終えると
聞いたことがある。

そうなのかな。。
そういうことなのかな。。






そんな今日はみゆの命日。







まだ元気そうだった頃🐈‍⬛























そして
数日後は。。

あの頃自分の命が残り少ない事を
知っていたはずなのに
毎日苦しかったはずなのに

みゆが亡くなった時
あたしを励ましてくれて
慰めてくれた

気がつけば出会ってからずっと
いつも味方で居てくれた



友人ひらりの命日。







ここ。
もしかして
ひらりも来たことある?

そんなことを想ったりしながら

眺めた和歌山の夕焼け。