高木文科相は

「被災地の停電や首都圏での計画停電で国民が苦しんでいる一方で、

あかあかとナイターを行うことに違和感があるのは当然」と述べた。

(毎日新聞)


別に被災者を気取るわけじゃありませんが、

プロ野球なんてまさに平和産業そのもので、

電気どうしよう?ガソリンどうしよう?って時、

人心を鼓舞する力って誰の人心?

ナイターを見に行ける元気な人間鼓舞してどうすんの?

スワローズが昨シーズンみたいに連敗でもして見ろって!

ますます暗いぞ。


球団経営云々言っているけど、

東北特に岩手、宮城、福島の中小企業なんて

どこも存亡の危機だって。


計画停電で首都圏の皆様にもご迷惑をお掛けして

とても恐縮していたけど、

ナイターやれる位だったら大したことは無いんだね。

決行で首都圏に大規模停電を誘発してもそれは身から出たサビ。

ほんの数人の『身』だけどね。


そして原発問題。

いざというとき球場の観客を守れるのかい?

世界中のいわゆる原子力見識者が

際立った効果も得られていないのに、

プロ野球だけは勝手に安全宣言?

使用済み核燃料が福島第一原発には

6400本プールに沈めてあるんですよ。

東京からは遠いからね。


世紀の暴挙だと思う。


どうせゲームは見に行けないけど、

もし見に行けたとしても行かないだろうな。


とても残念です。

いや彼ら風に言うのなら

『大変遺憾である。』







昨日、帰宅後、寒く薄暗い部屋で仮眠していたら、

カミさんから『電気付いてるよ!』とのメールが!



えっ!ガバッと飛び起き、ブレーカーをON!

これって本当はNGですから、

まずコンセントを全部抜いてからONでなのです。

何度も言われていたのですが、忘れました。


途端に眩しい光が飛び込んできました。

まるで長いトンネルから抜け出したような眩しさでした。


これは嬉しかった。

希望の光りとはまさにこのこと。


しかも、マンションのポンプにも通電したので

一気に水も復旧しました。


残るライフラインは市ガスのみ。

しかしガス復旧までには1ヶ月以上かかる見込みとの事。

ひえー!電子レンジ無き今、

唯一の煮炊き手段であるカセットコンロのボンベは持つのか?

残るガスボンベは2本のみ。

だけど、ポンベが無くなったとして電気が通った今なら

電気ポットがあるのでカップ麺さえあればなんとかなります。


風呂など1ヶ月入らなくても死なないので気にしない。

髪は水で充分洗えます。


次に暖房!

震災直前に最後の灯油を入れた温風ヒーター。

2缶ある灯油缶はカラッポ。

車で買いに行こうにも車のフエール残量はあと1/4。

これは是可否でも温存せねばならないため

買いに行けない。ていうか、もう市内には化石燃料は存在しない。

そして次回入荷のメドは立っていない。


電気と水が通って炊飯器は使えるけど、

肝心な米がない!

これもたまたま古いおコメを捨てたばかり。

灯油ともども土日に買えばいいやと思っていた。


我が家の備蓄は米2合、カップ麺が5個、

レトルトカレー1、缶詰3、袋焼きそば1、

ビスケット、クラッカー3箱、以上。


停電で冷蔵庫の中味がダメになったのが痛い。

これで備蓄で金曜日までなんとかもたせて、

土・日は歩いてどこかに買出しにいかなくてはなりません。


それでも電気が通じているだけで有り難いです。

電気はまさに『光』そのものです。


一度も会ったことのない自分達のために、

まだまだ圧倒的に恵まれている自分達のために、

この寒さのなか復旧のために不眠で頑張って

頂いた方々に大感謝です。

本当にありがとうございます。

そんな皆様にB’zの『光芒』を。


光を求め 歩きつづける
君の情熱がいつの日か
誰かにとっての 光となるでしょう
誰かにとっての 兆しとなるでしょう



復興に向かって頑張って参りましょう。

















$バディのおきもち白書

荒浜の海水浴場。


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ゆりあげから荒浜に繋がるサイクリングロードからの干潟。


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ゆりあげの浜から見た今年の初日の出。


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ゆりあげ朝市でカミさんと焼いた笹かまぼこ

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ゆりあげ港につながる広浦

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ゆりあげから仙台空港までの貞山堀。

画面左側には海岸線との間に集落がありました。

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港町ゆりあげの町。


荒浜も、ゆりあげも大好きなジョギングコース。

もう今は影も形もありません。

先週の日曜、

陽気に誘われて名取川堤防をゆりあげまで

久々に走りました。

相変わらず穏やかで美しい景色が広がっていました。


先週の金曜日、14時46分までは。


暖かい部屋でビールを飲みながら、他所の国の災害を

スペクタクルよろしく『スゲーなぁ。』と見ていた自分。

同じ自分が金曜日の夜には避難所に居ました。


髪は今日会社で水で洗いました。

自宅には電気も、ガスも、水道も通っていません。

復旧したとしても調理に必要なレンジもコンロも全て破壊されました。

それがあったとしても食料がありません。

買いに行こうと思っても、もう市内の店に食料はありません。

ちょっと遠くに行きたくてもガソリンがありません。


ダイエーが店を開けました。

行列はほぼ1キロ以上繋がっています。

ほかの大型流通もみんなそんな感じです。


利久という有名な牛タン屋の前に並びました。

牛タン弁当だと思って並びました。

あったのは牛タン焼きでした。

二人前2000円で8キレでした。

人助けのように見えてスタッフは元気一杯でした。


余震が続きいています。

食べ物がありません。

いや、正確にいえば食べ物はどこかにあるのですが、

それを確実に手に入れるための術を持たない。

ただ、延々と並ぶだけ。

百万都市仙台が飢えています。


また、寒くて暗く、揺れる夜がやってくる。


でも、波に漂うでもなく、

自分の家の屋根に挟まれているわけでもない。

これは生きているからこその不安なのだ


最後にカセットコンロ&ボンベ。

これは災害発生時、水さえあれば最強の武器になります。

カップ麺、ラーメン、レトルトなんでもOK!

暖かい食べ物は力をくれます。

最悪、暖房にもなります。

今、仙台市周辺には1個もありません。

そうなる前に是非お供えあれ!