がんばろう日本!がんばろう東北!

テレビでは様々な著名人やタレントが口々繰り返す『頑張ろう!』

頑張ろうって言われても・・・どうやって頑張れっていうんだ。


直接被害を受け全てを失ってしまった皆さんは、

避難所を出てどこへ行く?

職場は?収入源は?

これが彼の言う天罰なのか?

まさしく東北地方の天道是か非か?


海辺の小さな街で精一杯一所懸命生きてきた高齢の被災者。

もう一度一から出直すのか?

それでも生きているだけ良かったのか?

国や市町村の補償にすがるしかないのか?

想定外の自然災害で補償の根拠は?


直接被害こそなかったものの我社の売上も激減している。

我社だけでなく業界全体が売上ゼロだ。

リーマンショックの後遺症からなんとか回復基調に乗った瞬間、

グラグラと一番下まで崩れ落ちた。

まるでシジフォスの岩のように。


確かに義援金はとても暖かく尊い行為だと思います。

でも頼むからもうお付合い自粛なんてやめて欲しい。

ナイターなど電力問題に絡むイベントは別にして、

それこそ被害のないエリアの皆さんが『頑張って』

消費してください。

花見でもなんでもやってください。

2次会にもいって飲食店を助けてください。

旅行にも行ってください。

欲しいものは前倒ししてでも買ってください。

経済を悪化させるような自粛はもう要りません。

雇用状態も日に日に悪化する一方です。



テレビの歌番組で

『我々は歌うことでしかみなさんを励ますことができません。』

いいですね、自分の仕事で人を救えるなんて。

立派なもんです。

でも歌なんか聴きたいときは自分で聴きますから

お金持ちは自分のためで構わないのでお金を使ってください。


でもなぁ、放射能風評福島を越えて、

ガソリンも不如意の状況、

新幹線も止まって、仙台空港も水浸し。

余震の続く宮城や岩手の旅館に行きたいと思います?

お風呂はなんとか沸かせても食事は震災メニューかも。


交通インフラが復活したら、

なんとか『頑張って』遊びに来てください。

大丈夫ですよ、

まだ東北に住んでいる人が数百万人はいるのですから。



















バディのおきもち白書

バディのおきもち白書

バディのおきもち白書


バディのおきもち白書


バディのおきもち白書

私の大好きだったジョギングルートです。

市内から名取川沿いに海辺へ続く、走るには気持ちの良い土手道。

わずかばかりのジョガーやサイクリスト達が海を目指して走る道。

愛してやまないどこにでもありそうな普通の田舎の風景。


NHKの津波第一報で放送された名取川河口の辺りです。

世界中に配信された衝撃的な決壊のシーンはこの堤防です。


何故ここなのか?何故仙台なのか?


こういった写真や映像でストレスを感じて体調を壊す方も

多いそうです。自分もあんまり得意ではありません。


でも、仙台だから・・・。

愛する自分の街だから、思い切ってちゃんと見ようと思った。

そして犠牲となった同じ仙台市民の皆さんにしっかり約束しようと。

ちゃんと復興しますと。


んで、実際に見たら涙が流れた。

あんまりの変わり様にただただ涙。


そしてあの堤防が決壊した場所へ。


道路を封鎖している警察官に『ご自宅ですか?』と聞かれ

『違います。だけどとても好きな場所だったんです。』と答えた。


その場所の写真はありません。


とても撮れなくて・・・。













遅ればせながら昨日、

H.I.S.さんの震災支援プロジェクトに便乗させて頂き

七ヶ浜国際村の避難所に救援物資を届けてきました。


ご協力いただいた近藤レーシングの10トントランポには

『heart in the bottle』というキャンペーンで

海外から集められた水とおむつ、靴下などの衣料やブランケットが

ぎっしり詰まってました。


それをH.I.S.北海道・東北のトップを先頭に

H.I.S.スタッフと89ersのスタッフ

そして私たちの32名で運び入れました。


途中、道に迷ったスタッフの車が三井アウトレット付近で

迷子になり真っ暗闇の中、捜索する場面がありました。


そこで見たものは、仙台新港後背地として脚光を浴びたエリアの

悲惨な情景でした。

沿岸の被災地のような家屋被害はあまり見受けられないものの

鉄屑と化した車の山また山。

信号は機能しているものの辺りは未だに停電で真暗。


テレビの映像で目にはしていても、

実際に見ると絶句してしまいます。

ここでさえこの惨状なのに

荒浜、藤塚、閖上、志津川、石巻、気仙沼

陸前高田、大槌といった沿岸地域の被災はいかばかりか。

改めて今回の震災の激しさを身をもって味わいました。


『命が助かっただけでもありがたい。』などと

お見舞いを頂く度に偉そうに自分も言ってきた。

たかだか、避難所に半日居ただけで、

たかだか、5日間停電していただけで、

たかだか、エレベーターが5日間停止していただけ、

たかだか、スーパーに4時間半並んだだけ、

たかだか、食器や電子レンジが落ちて壊れただけ。

それだけ。


大好きだった荒浜や閖上にも行ってみよう。

いや行かなくてはならないでしょう。

自宅からわずか7キロ東はもう被災地。

そこで犠牲となったたくさんの方々のご冥福を祈ってこよう。

そして自分や自分の会社、社員の家族も含めた

復興を改めてお誓いしてこよう。


今、仙台のWebテレビ会社のトップには

その荒浜の被災後の姿が映し出されています。

http://www.ari-tv.jp/top.html

ジョギング後にガソリンスタント前のコンピニで

おにぎりを買い、荒浜小学校前からバスに乗り

自宅まで帰ってきた日のことを思い出しますが

小学校以外は破壊されました。


そして地震直後の仙台市の様子から

ブログにある三井アウトレット付近の惨状は下のリンクに

まとめてあります。

http://www.ari-tv.jp/program/news/news08/index.html