夜だった
昼だった
朝だった、朝だった
いつもそのほとんどは、疑問から入る。
何故とか、どうしてとか、そういった抽象的なものから、過去の自身の行いの改善点をひたすらに探したり、具体的な疑問へ、ゆっくりと進む。と、思ったら大爆発する。
それは後悔と怒りとか、とても体力を削られる感情の類で、そして愛しさ。
どちらかというと、悲しさというか、喪失感というのは後から来るもので、後から気づく。
とにかく、心の奥の方から自分の手に負えない感情が次から次へと溢れてくる。その全ては愛しさに包まれる、そして愛しさ故の感情であることは誰よりも自分が一番知っているのだ。
愛しさに包まれたあらゆる感情は最終的に悲しさに統合された。
そしてまた時が経つと、愛しさと悲しさが溶けて支えとなる、そんな感覚。
でも、そんな支えは本来ないならないほうがいい。
だって、生きて側にいて支えて欲しかったから。
昼だった
朝だった、朝だった
いつもそのほとんどは、疑問から入る。
何故とか、どうしてとか、そういった抽象的なものから、過去の自身の行いの改善点をひたすらに探したり、具体的な疑問へ、ゆっくりと進む。と、思ったら大爆発する。
それは後悔と怒りとか、とても体力を削られる感情の類で、そして愛しさ。
どちらかというと、悲しさというか、喪失感というのは後から来るもので、後から気づく。
とにかく、心の奥の方から自分の手に負えない感情が次から次へと溢れてくる。その全ては愛しさに包まれる、そして愛しさ故の感情であることは誰よりも自分が一番知っているのだ。
愛しさに包まれたあらゆる感情は最終的に悲しさに統合された。
そしてまた時が経つと、愛しさと悲しさが溶けて支えとなる、そんな感覚。
でも、そんな支えは本来ないならないほうがいい。
だって、生きて側にいて支えて欲しかったから。