生活費12万。

家族4人(小・中学生)、転職期は子ども(幼稚園・小学生)

これって、どう思いますか?

 

内訳……………食費、外食・外出時費用、日常生活費、医療費、

                       学校の諸費用、衣服、ガソリンなど財布から出る費用

含まないもの……銀行引き落としの費用

(家賃、ガス水道光熱費、電話代、生命保険等保険料や車検費など)

 

転職期のモラハラは主に経済制裁。

特別支出一切なし。

夫「12万でやり繰りできないお前が悪い」

  「レシートを見せろ、何が無駄使いか教えてやる」

  「クレジットカードと銀行カードを取り上げる」

  「オレと同じだけ稼ぐなら、主婦を代わってやる」

 

下の子が幼稚園に入ったくらいから、酷くなっていった。

それまで12万円以外で出ていた、インフルエンザの予防接種代や、

子どもと3人で私の実家へ帰省し、そこから夫の実家へ向かう交通費などがなくなった。

私はコンタクトを諦め眼鏡にし、美容院も行けないから伸ばしっぱなし。

夫「前から出費がわかっているのに、節約しないお前が悪い」

 

上の子のアレルギーがとても重く、私は心身ともに働ける状態でなかった。

下の子が幼稚園に入り、やっと自分の時間が数時間できた時、

お腹の底から「サバイバー」、生き残ったという言葉が浮かんだ。

アレルギーの奴隷、アレルギーの嵐が去りつつある気がした。

そうしたら今度は、夫の経済制裁。

 

息子に重い食物アレルギーがあり、幼稚園も小学校も弁当を作り、

食材も国産や添加物の入ってないものなど気を付けていたが、

夫「高い。そんなの必要ない」

 

夫の収入が低いとか、貯金がないなら、私の受け取り方も違う。

そうではないのだ。

 

夫はお金を使いたくない。

洋服はユニクロを擦り切れても着用し、休日はほとんど外出せず、外食を嫌い、

夫「主婦に土日はない。お前の仕事だ、飯を作れ」

貯金は貯まっていく。でも、貯金したいからではなく、使いたくないだけ。

 

食洗器の修理代など、12万円以外に出費が必要になると、

夫「話し合いが必要だ。生活費からいくら出す?」

私「自分の物は一切買わず、いつもギリギリの生活で無理だ」

夫「十分な生活費を渡している。無駄遣いが多い。節約できないお前が悪い」

 

働けない私が悪い、節約できない私が悪い、

すぐ疲れて寝てしまう私が悪い…うつへ。

少しずつ回復してきた実感がある。

それは、本やカウンセリングで自分を客観視できるようになったからか。

カウンセラーが言っていた。

「旦那さんは、想像のない世界でただ反応しているだけ」

しかし、言葉ミサイルが飛んできて、

「反応しているだけ」とわかっても、

アイスピックのようなキツイ言葉は突き刺さり、感情が荒れ狂う。

 

私が当たり前と思っている感覚が、夫にはない。

「わかってよ!」と言っても、わかる機能がない。

という事は、夫が当たり前と思う感覚が、私にはわからないのかもしれない。

想像、共感のない世界、ただ反応しているだけの世界を想像してみるのが必要なのだろうか。

 

見える、感じる世界が根本的に違うのかもしれない。

じゃあ、どうしたら良いのだろう?

 

I have spent a lot of time at this play.

Vanity Fair 訳では「空費しちまったよ。」)

私の意訳

どんなに嫌な状況でも、自分も舞台の出演者として演じている

 

夫に嫌味を言わないでと言っても続く。

私はそれに対して、泣いたり、怒ったり、ワンパターンな役を演じてきた。

戦場のような日常会話、

私も、嫌だ嫌だと言いながら泣き怒る役を続けたから、繰り返し続いた。

 

じゃあ、やめるためには、どうしたら良いのだろう?

夫婦、家族という舞台の上で、離婚や別居と舞台を去るのではなく、

いちいち敵認定されて言葉ミサイルで攻撃される戦場ではなく、

リビングの日常会話を穏やかにできるか?

 

言葉は、流れる。

会話も、流れる。

あまり意識せず、何となく話す日常会話の中に、違和感が入り込む。

その違和感がじわじわと心を汚染していって、

嫌な気持ちになり、感情的になって、爆発し合いケンカになる。

その違和感の正体が嫌味、皮肉、暴言で、

私は言葉ミサイルと呼んでいる。

 

流れていく会話を書き留め、

どの言葉で刺激しあっているか視覚化したら、何かわかるだろうか?

本当は、夫が自分の特性を認識して欲しい。

でも、他人を変えることはできない。夫は変わらない。

私が泣き怒る役を降りれるか…?

他に、何かないか…?

夫に報復する。

 

そんな思いで、戦場となる日常会話を書き溜め、ブログを作ることにした。

この3年間、本を読み、カウンセリングに通い、こうして考え書く事で、

結果的に夫への理解が深まってしまった。

 

もしかしたら、こんなにこだわる事自体、もはや“愛”としか呼べないものなのか?

そう思うようになったのは、「ペインレス」(天童荒太著)の影響だ。

「どうせ相手にこだわってしまうなら、憎むより愛した方がマシ。」

(漫画「ブラックジャックによろしく」より)

これもガツンときた。

 

「ペインレス」(天童荒太著)

心に痛みを感じない、20代後半の麻酔科女医が主人公。

主人公の祖母(心理学教授)が、幼稚園に馴染めない主人公を見てアスペルガーを疑い、

でもその後、アスペルガーではなく心の痛みを感じないと理解する。(サイコパスとは断言せず)

 

アルツハイマーを発症した祖母が、まだ意識がしっかりしている時の言葉。

「感傷にひたらず、感情にも流されずに、最期に向けて準備ができたのは、

万浬、あなたの生き方をそばで見ていられたからよ…。

わたしがあなたのようなら、何もかも失ったいまの状態を、

これほど苦しむこともなかったでしょうに…。」

「良心の痛みや、周囲からどう見られているかという恐れから、

人はなかなか自由になれないものよ。」

 

夫は感情と考えを切り離すと言う。訓練してそうしてきたと言うけど、

夫と話すまで、私には感情と考えを切り離すという発想すらなかった。

私は感傷にひたり、感情に流される、病み気味な一般人。

夫と話して私が感情的になっても、夫は冷静なので、

更に私の感情に火がつく悪循環を繰り返した。

 

この発見って、何なのだろう…?

「共感スイッチOFF」が対外的に役に立つ。

カウンセラーは、私のように考えるようになった人もいると言っていた。

 

「ペインレス」P194

「慈しみや嫉妬や愛着や憎悪や肉欲や所有欲など、

すなわち「愛」としか名付けられない感情と欲望の総体は

人間の真相にからみつき、到底自由になれるものではない。

苦渋や悔恨、恥辱や無力感など、やはり愛と呼ぶしかない感情の総体。」

 

今も夫の毒舌、嫌味、敵認定による言葉の攻撃があるので、

「愛」だなんて、口が裂けても言えない。

でも、こうして書かざるを得ないのは、愛と呼ぶしかない感情の総体なのか。

 


 

予期せぬ副産物があった。

 

夫は理性と感情を切り離すことができる。

感情を切り離し、頭で考えた事を言おうとする。

夫はその事を「論理の力だ」と言い、研究職には必須だろうけど、

家庭に持ち込まないでよと言っても、切り替えできない。

 

これは皮肉なのか、修行なのか、

私は感情と考えを切り離すまではできないけど、

時々自分の感情をちょっと離れた所から見れるようになった。

 

一般人は自動で、無意識に共感感覚が働いてしまうが、

夫は動かない。

「サイコパスインサイド」(ジェームス・ファロン著)にあったが、

¨気にしない¨ことができる。

私は「共感スイッチOFF」と呼び、夫から学んだ。

 

20才で夫と出会った頃、色んな事に思い悩む私にとって、夫は“強い人”だった。

夫は悩まない。正しいと思う事を貫き、凄いと思った。

社会的には“強さ”となるのかもしれない。しかし家庭では…。

 

夫は私の事を「イタコ(霊媒を行う女性)か?」と言う。

いろいろ感じすぎてしまい、

相手のネガティブな感情を感じると、

我事のように感じ、自分を下げ責める悪循環があった。

でも、「共感スイッチOFF」を学んでから、生きるのが少し楽になった。

 

例えば職場で、私も気づかず、上司がミスをした時、

昔の私なら必要以上に謝り、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

私が気付いていたら上司はミスせず済んだのにと、自罰的に責めた。

でも今は、気づけなかった事は謝るが、責任は上司にあると割り切れる。

 

心を動かさず、理性=頭で判断する。

夫「社会で働く人はみんなやっている」

主婦が長かったから、できないだけか…。

でも、家庭でも理性と感情を切り離すの?

夫は玉ねぎの様だ。

 

モラハラ・原理原則系……………ブル淳(ブルドーザー淳ちゃん)

カウンセラー系……………………アド淳(アドラー淳ちゃん)

気弱・体調悪い時…………………なよ淳(なよなよ淳ちゃん)

説教臭いが熱い、説得説明上手…夜回り先生淳ちゃん

 

大きく分けてこの4つが状況によって出てくる。

それと、時代によって配分が違う。

 

 

夫はAB型だから2重人格なのだろうと思っていたが、

そもそも人格の核になる中心、主体があるのだろうか…?

「自分はこうしたい」「自分はこれが好き」「自分はこれが楽しい」という、

´自分´が感じられない。

その時々で極端に言うことが変わる。

 

キツイ言葉や嫌味で私を責める時、昔の私は泣いて怒っていたが、

私「ブルドーザー淳ちゃん(モラハラ系)だね。」

と、言えるようになった。

そうかと思えば、いきなりフレンドリーに話しかけてくる時は体調が悪い時。

私「今は、なよなよ淳じゃんなの?」

と聞く。

私「淳ちゃんには軸というか、自分の核というのが感じられない」

夫「空っぽなんだよね。それは自分でもわかる」

えっ?

 

ちなみに、私のことを夫は「あんた」と呼ぶ。

私が夫に「あんたって誰?私はHirokoだ」と名前で呼んでほしいと言っても、

ブル淳(モラハラ系)の夫は絶対に私を名前で呼ばない。

このこだわりは、本当にわからない。

なので、あえて私は´淳ちゃん´と呼ぶ。

夫は元理系理論研究者、議論のプロ。

夫の論破は言葉の暴力だ。

プロボクサーが一般人を殴るようなもの。

 

夫と言い合いになって私が泣き出しても、

夫には「あ、言い過ぎたかな?」がない。

夫の正論で責め続ける。

泣かせた、怒らせた、と戸惑う機能はなく、正しいことを言う方が大事。

夫としては正しいことを言っているだけだから、勝手に泣く私が悪い。

夫を避けていても、何事もかなったかのように普通に話しかけてくる。

罪悪感がないから、夫は困らない。

 

夫は私の悲しい顔はわかるのだろう。

しかし自分が何か、悲しませるようなことをしたかという想像や反省、

思い悩んだりクヨクヨすることはなく、

Hirokoが勝手に悲しんでいる、Hirokoは病気だ、そんな状況にしたHirokoが悪いとなる。

カサンドラでうつが酷い時、夫に言われた。「Hirokoは不幸そうだ。」

君に言われたくないのだが…。

 

アスペルガー研究をネットで調べたら、京都大学で行われていた。

表情コミュニケーションが何故うまくできないか?

相手の表情を見ている間の脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で測定。

 

他者の運動と自分の運動を結びつける、

ミラーニューロンがあるといわれる下前頭回などの活動が低い。

他者の動的表情を見た時、

自動的に共鳴応答するミラーニューロンがうまく機能していない。

 

ミラーニューロンが機能していないから、

私の悲しみに、夫は自動的に共鳴できない。

だから何も動かない。

夫は、夫のまま。

相互作用がない。

カウンセラーは「同期しない」と言っていた。

 

そうか。買い物から帰ってきて、重い荷物を両手に持っている私を見ても素通り。

 

ドアを閉めるか閉めないかとか、車の停め方とか些細な事だが、

私「嫌だからやめてくれ」

夫「オレは嫌ではない」

と、やめてくれない。この徒労感。届かない。響かない。

 

定型発達群は表情を模倣したり、

自分の表情運動の情報を使って他者の感情を読み取るが、

自閉症スペクトラム障害群ではその結合が弱く、動画表情処理の回路がうまく機能していない。

 

何度、夫に叫んだだろう。

「なんで、わかってくれないの?」「わかってよ!」

無駄だった。わかる機能がない。

 

夫からしたら、これまで私が勝手に傷ついてきたという事だ。

わからない、わかる機能がないという事を周りが理解しないと悲劇になる。

分かる機能がないという事を理解してこれまでを見ると、喜劇に見える。

 

 関係の深い相手から傷つけられそれを乗り越えるには、

自分で答えを出すしか道はありません。

(新聞記事より)

 

夫とのケンカの第一声は

「何でそんな言い方をするの!」

夫の言葉は私の胸に突き刺さり、私はキレる。

これが、ワンバターン()

それでも、まだ良かった。

 

夫が研究者になる夢を諦める過程で、深刻になった。

「お前が悪い」

相手をやりこめることでストレス発散するモラハラ。

散々責められ、カサンドラへ…。

 

夫から敵認定された時の、

暴言、嫌味、毒舌は言葉ミサイルで、日常会話は戦場。

私は鬱へ…。

カウンセリングへ通い、苦しんだ。

 

「この人だから、わかってくれる。」

そう思って結婚した。

しかし、

「夫はサイコパスか?」

 

夫は鉄の壁。

私が泣き叫んで訴えても、無表情で、何も動かない。

ただ理路整然と私を責める。

「あんたが悪い。」

 

私「私が悲しいとか泣いても、淳にはわからないんだよね。」

夫「オレを攻撃するものだ。攻撃して、自分の要求を通すためにやっているのだ。」

私「攻撃か…。」

 

何かが、ない。

 

サイコパスを研究した本がある。

「恐怖を知らない人たち」(アビゲイル・マーシュ著

 

連続殺人を犯して、刑務所にいるサイコパスの殺人犯に行った心理テスト。

怒っている顔とか、笑っている顔など、喜怒哀楽のはっきりした数枚の顔写真を見せて、

どんな感情か答えてもらうテストで、写真の人が怒っているとか、笑っているのはわかった。

しかし、恐怖におののく顔写真を見せても、それが何かわからなかった。

その連続殺人犯は、自分が殺した人が死ぬ直前にこんな顔をしていたが、わからなかったと言う。

 

衝撃だった。

 

自分に恐怖の感情がないから、他人の恐怖がわからない。

 

MRIの解析結果から、偏桃体の活動が低いと恐怖や不安を感じることが弱い。

共感に関係する眼窩前頭皮質や、良心と関係する内側前頭前皮質との結びつきも弱い。

恐怖に対する生理的・心理反応である、発汗量や心拍数の変化も違う。

 

自分の暴力や脅しによって他人が苦しんでいるのを見ても、その残酷さを抑えられないのは、

表情を正しく認識し反応するうえで、きわめて重要な役割を果たす偏桃体が正常に機能していない。

 

夫がサイコパスかどうかはわからない。

サイコパステストで0点~40点中、30点以上がサイコパス。

勝手に20点以上だろうと思っている。

 

アスペルガーにしても、夫は困ってないから病院へ行かず、

私の悪口でいいから誰か大人に話してくれと言っても、「必要ない。」

子ども達に私の悪口を言い、猛毒だからやめてくれと言っても垂れ流す。

本や動画を見せたが認識が生まれることはなく、「あんたの方がアスペルガーだ」と言う。

私の確信なので、一応¨傾向¨をつけている。

 

「何でそんな言い方をするの!」「何でわかってくれないの!」

散々泣いて怒ってきたが、その言葉の裏には

(私ならそうは言わない)(私はわかる)と、´自分なら´がある。

(普通は言わないよね)、という断罪がある。

相手の気持ちを慮って当たり前という前提がある。

 

夫の場合、自分の想像の延長線で考えようとしても、

自分の感覚の枠組みの中で理解しようとしても無駄なのだ。

無意味なのだ。

 

じゃあ、どうしたら良いのだろう?