<別居中ー⑬>カウンセリング⑵
私は、今後の見通しを知りたい。
何となく、生きれる人生ではなくなった。
大海に放り出されてしまったというか、飛び込んだというか。
子ども達の事、経済的自立、表面的な事と共に、
こーゆー状態になるのが怖くて耐えてきたのかもしれない。
孤独、自分の人生と向き合う覚悟、不透明…。
エリクソンの心理社会的発達理論には8つの発達段階があるそうだ。
18~40才は結婚や出産の課題、40~65才は中年期の課題、
65才からは定年退職後の人生という、段階ごとに課題がある。
死ぬ時に自分がどういう人間だったか、自己統合できたか絶望か、
私とは何か、というアイデンティティの問題は
死ぬまでずっと問い続けるらしい。
アイデンティティ、学生時代に聞き、
カタカナ英語、何それと思ったが、またそれか…。
誰しも65才くらい、老いと共に定年退職後の人生という再構築が迫られる。
段階ごとに課題があって、自分の人生を作り続けねばならない。
私は51才の今と、0才~51才の過去しか見えていなかった。
でも、例えば私が80才まで生きるとして、
カウンセラーは80年の中の51年と見ている、と何となく感じた。
大きな流れの中の一地点という捉え方。
大局的に見て、最終的に良かったと思えればそれで良いのではないの?と。
あと29年しかないと思うのか、29年もあると思うのか。
私は回復してきていると言う。
私とは何かをつくり続ける、それが回復らしい。
自己を確立する、アイデンティティを作ることが回復らしい。
回復の過程で感覚が戻ってくるらしい。
自分を麻痺させるために飲んだお酒、
今は麻痺だけでなく美味しく飲める。
今の職場がいつまでもつかわからない。
でも、生きていく為に働き続けなければならず、
自己回復やアイデンティティを作る上で
社会的自己を作っていく事が大事らしい。
女性の方が妻や母、嫁など役割が多いそうだ。
私は別居することで、妻の役割から降りた。
母として直接的な役割ができていない焦りはあるが、
母の役割は今後29年続き、今はその中の6か月でしかない。
これから子ども達とどの様な関係を作って行けるのか。
エリクソンのモデルとして、
ここで自分と向き合って、何らかの行動をすれば、
死ぬ時に自己統合して良かったと思えるのかもしれない。
何もしなくても、良かったと思えるのかもしれない。
母の様に認知症になったら、考えなくて済むかもしれない。
エリクソンの考えは重い。
人生を俯瞰する視点を教えてもらった、とも思うが…。
51才、本当に疲れる…。