tabibito日誌 -2ページ目

tabibito日誌

思うこと適当に書きます。30半ばの気まぐれ男子の奮闘記。

万物は流転しているといった哲学者が昔いた。



山から流れ出た水は川となり大河となりやがて海になる。

海から蒸発した水は大気にとなり天に登り空を渡る。

そしてまた雨となり大地にふりそそぐ。



上水道から出た水は汚れて下水道に入る。

下水道の最後には浄水場があり、

そこから川や湖や海に出る。

そしてまた上水道の取水口から水道に入る。



すべてのものは流れていて

そこから逃れることはそう容易いことではない。



囲われたところにある水は澱みやすく、腐りやすい。

勢いを持って流れる水はいつだって美しい。



すべてのものは運命線の上を流れていく。

留まっていても変わり続けるし、動き続けても

変わり続ける。一緒のままではいられない。



先月、今月と身の回りの人の訃報を聞くことが

多かった。社長の奥さんは特に47歳と若かったから

残念に思った。僕はもっと仕事を頑張らなければ

いけないと思った。人の死は無駄にしたくないと

人は思う。



人の気持ちもまた流転するのかもしれない。


最近生活リズムが停滞しているので勢い良く

流れる水にあこがれる。


腹が減るとメシは美味しい。

でも、飯の種はあまり美味しくない。


むしろ、苦かったり変なのが多い。

飯の種は頭をいたくさせたりもする。


でも、飯になるとおいしい。


メシのタネは意地悪でしんどくて

時々不安にさせて、でもメシはなくては

生きていけない。


確実に育つ飯のタネは大体の場合

退屈で毎日まめに世話をしなければいけない。


大きな飯のタネは他のものとも交換できるけど

らくなところに落ちていない。



飯のタネを掘り出すと面白いことがある。

でも、掘り出すのはラクじゃない。


今日も飯のタネを集めて飯を食って

次の飯の種を探す。



採算は取れないけど直接飯のタネを

植えた方が楽しいか?


あー、男ばかりでむさくるしく働いてると

こんな思考回路になってしまう。



浪漫的な飯の種はありませんか。

誰かのことを考えると体が軽くなったり、またとある別の人のことを考えると

気が重くなったりする。


会うと決定的なんだけど、遠くにいる人のほうが良いこともある。

でも、遠くではやはりいつしか消えてしまいそうで、限界がある。


近いとマンネリ化というかぶつかりすぎて失敗したり、

馴れ合いになってしまっていい加減になって却って弱くなってる

ように思うこともある。


最近何かにつけて社長と衝突する。今事務所で働いているのは社長と

二人きり。お互いに力が中途半端だから下手に意地を張ると仕事が

進まなくなる。かといって僕が折れすぎると社長はいいように僕を使って

来そうだから、警戒の意味も込めて頑張る。自分を壊されたくないから。


でも、僕が意地を張りすぎてもやはり社長も社長で苦労してきてるから

ムキになる。もちろん僕の方が下だから立てなければいけないのは

わかる。でも、お粗末な仕事で僕の方が出来る部分に関してはやはり

直したくなる。


ウチの社長は性悪説でロマンがない。どちらかというと人のウラをとる

ことに誇りとすごさを感じているように思うときがある。


たしかにやみくもに動き回るのも馬鹿なように思う。しかし、やっかみ

屋で人のウラばかりとるのも違うと思う。


また、僕はマスターしきれてない仕事を家に持って帰って本を読みながら

頑張ろうとする。今日はどこまで出来るのやら・・・。