ユスティニアヌスの野望は、分裂して崩壊したローマ帝国の再建、復興であった。
ユスティニアヌスは、ニカの乱を鎮圧した功績者であり、かつ優れた軍人であったベルサリウス将軍を西方に派遣し、都市ローマを含む古代ローマ帝国の領土の一部を回復することに成功した。

赤色がユスティニアヌス即位の時点でのビザンツ帝国の領土。オレンジ色がユスティニアヌス時代に回復された領土。
ユスティニアヌスの理想はあまりに大きなものであり、彼の死後帝国は財政難などで急速に衰退し、取り戻した領土はことごとく失われることとなった。
現実がユスティニアヌスの理想の実現を許さなかったのである。
しかし、物理的な衰退とは必ずしも没落のことではない。
「絶対的な没落はただ一つしかない。それは生命力の衰退によるものであり、かかる没落はただそれを実感した時にのみ存在するのである。」(オルテガ・イ・ガセット)
果たしてユスティニアヌス大帝死後のビザンツ帝国は、生命力の衰退を感じていたであろうか。
否、ユスティニアヌスが一時的にローマを取り戻し、ローマ帝国を部分的にでも復活させたことは、理想を失い、自己閉塞的になっていたコンスタンティノープル市民や元老院議員ら貴族に新たな生命力を吹き込んだのである。
ビザンツ人は、一時とはいえローマ帝国を再建し、荒廃しきったローマをみたことで「ビザンツ帝国こそがローマ帝国である。」と強く認識するようになり、それはビザンツ帝国が1453年にオスマン帝国に滅ぼされるまで、彼らの精神的支柱となったのである。
ユスティニアヌス大帝の事業、すなわち、衆愚化した古代民主政を滅ぼしたこと、そして、古代ローマ帝国を一時部分的に復活したことは、文明の十字路に位置しているために極めて存続が難しいビザンツ帝国の寿命を大きく伸ばすことにつながったのである。
もちろんこうしたことはユスティニアヌスの意図せざることであった可能性が高い。
ユスティニアヌスの巨大な野望が結果としてビザンツ帝国の生命力を甦らせたと解釈するのが自然である。
しかし、それでもなおユスティニアヌス大帝は偉大なのである。
ユスティニアヌスを偉大たらしめているのは、彼が強烈なエゴイストであったことと非常な理想家であったことに帰せられる。
まさに彼は大帝と呼ぶにふさわしい人物であったのだ。
ユスティニアヌスは、ニカの乱を鎮圧した功績者であり、かつ優れた軍人であったベルサリウス将軍を西方に派遣し、都市ローマを含む古代ローマ帝国の領土の一部を回復することに成功した。

赤色がユスティニアヌス即位の時点でのビザンツ帝国の領土。オレンジ色がユスティニアヌス時代に回復された領土。
ユスティニアヌスの理想はあまりに大きなものであり、彼の死後帝国は財政難などで急速に衰退し、取り戻した領土はことごとく失われることとなった。
現実がユスティニアヌスの理想の実現を許さなかったのである。
しかし、物理的な衰退とは必ずしも没落のことではない。
「絶対的な没落はただ一つしかない。それは生命力の衰退によるものであり、かかる没落はただそれを実感した時にのみ存在するのである。」(オルテガ・イ・ガセット)
果たしてユスティニアヌス大帝死後のビザンツ帝国は、生命力の衰退を感じていたであろうか。
否、ユスティニアヌスが一時的にローマを取り戻し、ローマ帝国を部分的にでも復活させたことは、理想を失い、自己閉塞的になっていたコンスタンティノープル市民や元老院議員ら貴族に新たな生命力を吹き込んだのである。
ビザンツ人は、一時とはいえローマ帝国を再建し、荒廃しきったローマをみたことで「ビザンツ帝国こそがローマ帝国である。」と強く認識するようになり、それはビザンツ帝国が1453年にオスマン帝国に滅ぼされるまで、彼らの精神的支柱となったのである。
ユスティニアヌス大帝の事業、すなわち、衆愚化した古代民主政を滅ぼしたこと、そして、古代ローマ帝国を一時部分的に復活したことは、文明の十字路に位置しているために極めて存続が難しいビザンツ帝国の寿命を大きく伸ばすことにつながったのである。
もちろんこうしたことはユスティニアヌスの意図せざることであった可能性が高い。
ユスティニアヌスの巨大な野望が結果としてビザンツ帝国の生命力を甦らせたと解釈するのが自然である。
しかし、それでもなおユスティニアヌス大帝は偉大なのである。
ユスティニアヌスを偉大たらしめているのは、彼が強烈なエゴイストであったことと非常な理想家であったことに帰せられる。
まさに彼は大帝と呼ぶにふさわしい人物であったのだ。
