『ノートルダム・ド・パリ』に続いて、ユゴーの大長編『レ・ミゼラブル』に挑戦してみた。

 

 

劇や映画の類は全くみていなかったため、何の予備知識もなかったが、噂通り、長かった。

どんな長編であっても、それが本編に関係のあると思われることなら楽しく読めるはずなのだけれど(例えば、トルストイの『戦争と平和』)、ユゴーの場合は読者がほとんど関心が持てないであろうところに大幅に紙数を割くのだ。

3巻までは我慢して一字一句読んでいたのだけれど、4、5巻は時々飛ばしながら読んだ。

当時のパリの修道会の様子や隠語の語源、下水道の状況などは日本の読者でなくても関心があまり持てないのではないだろうか。

そうしたところを省いて読んだとしても、この物語が与えてくれる感動には大した影響もないように思えた。

 

『レ・ミゼラブル』は、一つのパンを盗んだことから19年間もの間投獄され、社会に激しい憎悪を抱いていた徒刑囚ジャン・バルジャンが、ある司祭に施された善行に衝撃を受け、そこから回心していく物語である。

 

ジャン・バルジャンは、司祭に感化され、直ちに聖人君子になれたわけではない。

彼は死ぬまで、自身の内にあるエゴイズム、虚栄心と戦い続ける。

良心、それこそが彼の最大の法廷であり、神であったといえる。

それと戦い続け、乗り越えようと死ぬまで努力を怠らないこと、自己に誠実に生き続けること。

そうして生涯を全うした人間には「聖人」という称号が与えられるにふさわしい。

ユゴーはそうしたことが言いたかったのではないかと思う。

 

コゼットの愛を奪ったマリユスを助けるジャン・バルジャン