2022年12月下旬。


3度目の流産となったそのときは

手術を勧められた。



これまでは自然排出を選んできたが


保険適用をした妊娠の場合は

手術で取り出さないと

胎児組織を検査に回せないらしい。



一般人には理解できないシステムだが

不育症の私にとって

流産原因の手がかりは不可欠だ。


一週間後に

排出手術を受けることに決めた。






夫は流産を受け止めきれない様子だったが

とにかく私のケアをしてくれた。


治療を頑張ったご褒美に

欲しいものを買ってあげると

言ってくれた。


その気持ちだけで十分嬉しいが

せっかくなので

ずっと欲しかった指輪をお願いした。



クリスマスにデパートへ行くと

店舗に在庫がなく年末に

受け取りに行くことになった。


お店で指輪を選んだりしている間

楽しい感情でいっぱいで

悲しみを忘れる瞬間をつくってくれる

夫には感謝しかなかった。






それから数日後に

流産手術の日がやってきた。


たしか飲食もコンタクトも化粧も

ダメだった気がする。


個室に入り点滴を刺された。


油断していたら

結構太くて痛かった。



「痛かったですよね…

不安にさせちゃうと思って

太いこと言わずに刺しちゃいました!

ごめんなさい〜

でもあとはもう寝るだけですからね」



看護師さんの

明るい優しさが心地よくて

なんだか安心できた。


そのうち点滴に麻酔液が足されて

意識がぼうっとしてきた。




そのあとのことは

あまり覚えていない。


自分の足で手術台に上がったのかも

分からないが

気づいたときには個室にいた。



看護師さんが

目が覚めましたか〜

無事終わりましたよ〜と

カーテンを開けて声をかけてくれた。


麻酔が切れるまで

しばらく寝ているように言われた。



ぼんやりした頭のまま

スマホを見ると

夫からのLINEがなくて

寂しかった。






ベッドの上で退屈な数時間を過ごして

ようやく待合室へ移動した。



周囲を見ると

夫に付き添われた人が何人かいて

羨ましかった。


まだ夫からLINEはこない。

寂しいと思っていると、

やっときた。


ちょっとプリプリしながら

それを悟られないように返信した。




診察室に入ると

手術は順調に終わったと説明された。


今回の流産原因について

どう考えるか聞いてみた。


担当じゃない先生に当たったときは

色んな意見を聞くチャンスだと思っている。



「分からないです。

切迫流産の時点から出血はしてましたが

だんだん収まってきていたし。

原因不明の流産を繰り返して

そのうち成功する人も多いです」

と言われた。



不妊クリニックとしては

着床を成功させているから

後のことは専門外という感じなのだろうか。


不育症クリニックの再訪を勧められ

次の予約を取って帰った。






家に戻ると

在宅していた夫が

お疲れ様と出迎えてくれた。


そして取り寄せ待ちだったはずの

指輪を渡してくれた。



え!なんであるの?!


「さっき届いたって連絡がきたから

昼休憩に急いで受け取りに行った。


このタイミングで渡したら

喜ぶかなと思って」




…時間がない中

わざわざ取りに行ってくれてたんだ。


LINEがこないとか

ぶーたれてごめんなさい。

と心の中で謝った。



夫の優しさを感じて

ものすごく嬉しかった。



その日の夜は

ルンルンで焼肉へ行った。


指にはめた

キラキラの指輪を何度も眺めて

夫と笑みを交わした。






流産手術の翌日、

夫は休んだらと言ってくれたが

代理を頼みづらいプレゼンがあって

仕事に出た。


私が昨日手術を終えて

悲しみの最中にいることなど

誰も知る由がない。


ちゃんと社会人として

感情を切り替えて働いた。



それ以前の流産も含めて

精神的に辛くて仕事を休むのは

ほとんどなかった。



ネットで見ると

"流産後は数週間休みました"とか

"鬱になりました"とかいう人がいる。



それがきっと普通だと思う。


どんなに小さくても

自分の子どもを失ったんだから。



けれど私は

「残念だけど前を向こう。次!」と

毎回思っていて

あまり塞ぎ込むことがなかった。


家族や友人に流産を告げるときも

明るく振る舞えた。




でも、本当は

感情に向き合うことを

避けていたんだと思う。



正面から状況を受け止めると

心が壊れてしまいそうだったから。


一度涙を流すと

止まらなくなりそうだったから。




母から栄養ドリンクが

ダンボールいっぱいに届いたときは

さすがに泣いた。


ありがとうお母さん。

心配かけてごめんね。



辛いときより

優しくされたとき

涙腺が耐えられなくなる。


支えてくれる人がいるから

頑張れる。



「自分がやるしかないんだから」と

言い聞かせて

次の治療のことを考えていった。