流産が確定する数日前に
GWで実家へ帰省していた。
家で何かあったら大変なので
母と二人きりのときに状況を話した。
「あんた身体大丈夫なの?」と
言われた。
流産は胎児起因の割合が多い中
私の身体が原因かのように言われたことに
ショックを受けた。
「お母さんって流産したことある?」と
聞き返し
親でも当事者じゃないと
分かり合えない他人であると痛感した。
9週に3度目の検診で
胎芽も心拍も確認できず
胎嚢が残っている稽留流産と判断された。
すでに自分でも色々と調べていたので
吸引手術の説明も受けたが
自然排出を選択した。
漠然と手術に対する恐怖があり
なるべく自然に任せたいし
在宅だから急変しても対応できると思った。
病院後には
新居の内装打ち合わせが入っていて
先に現地入りしていた夫に
「ダメだった」と簡単に告げて
壁紙やら床材やらを決めていく
慌ただしい時間の中で
感傷に浸ることもなかった。
その夜に腹痛があり2cmほどの塊が出た。
それが赤ちゃんか分からないが
病理検査に提出するために
とりあえず保存して冷蔵庫に保管した。
翌日、夕方にいきなり腹痛が強くなった。
外食先で薬を飲んで急いで食べ終えて
タクシーで帰宅した。
ソファで15分くらい激痛に耐え
吐き気もあり涙も出てきて
一旦トイレに入ったら
5cmほどの細長い塊が出てきた。
絶対赤ちゃんこれだと思ったが
胎嚢は1cmくらいのはずだよね?と
自然排出した人の体験談を必死に検索した。
排出されると痛みが引くというのを見つけ
その後もトイレとソファを往復しながら
痛みに耐え続けた。
そんなとき横に座ってスマホを触る夫に
隔たりを感じる。
十分優しくしてくれるけれど
私がトイレから出てくる度に
もっともっと心配してほしいと思うのは
ワガママだろうか。
めちゃくちゃ痛いし
赤ちゃんかどうか血の塊を
手で触って確かめる悲しい作業を
私一人でやっている。
言ってもしょうがない孤独感を感じながら
最高潮の痛みとともに
1cmくらいの透明なグミのような
胎嚢らしきものが出てきて
辛い対面と別れを噛み締めながら
ほかの塊の数々と一緒に保管した。
部屋に戻り
やっと終わったと夫に告げた。
抱きしめてくれ、涙が溢れた。
なんで泣いているのか分からなかった。
悲しさとも感動とも安堵とも
何とも分からない涙だった。
排出する過程で起こった子宮の収縮は
赤ちゃんの存在を証明しているようで
この痛みさえ感じていたいという執着、
陣痛の先に命を生み出したような達成感、
不思議な感覚が沢山あった。
結婚してから夫婦二人で乗り切った
初めての大きな出来事になった。
流産した日のことはその夜に
細かく日記に書いていた。
腹痛や出血はちょこちょこ続いていたので
完全排出されていて
手術不要の判断になるか不安はありつつも
命の奇跡、未来の子どもの誕生に対する
気持ちが強くなったこと
初めて宿ってくれた赤ちゃんへの感謝
また当日が母の日だったから
産んでくれた母への感謝も綴っていた。
我ながらネガティブな感情より
ポジティブな言葉の羅列にびっくりする。
翌日に病院に行くと
待合室とは別の個室に通された。
産院で妊婦が多くいる環境で
流産した人への配慮が受付にまで通っていて
有り難かった。
手術は不要の判断となり
次は病理検査の結果が出る頃に
行くことになった。
また個室に戻って会計を待っていると
助産師さんのような女性が入ってきた。
「痛かったよね。
私も流産したことあるの。
よく頑張ったね」
と声をかけてくれた。
私が欲しかった言葉。
号泣してしまいそうで
顔にうまく出せなかったけど
本当に本当に嬉しかった。
やっぱりここで産みたいと思った。
病理検査の結果、特に問題はなかった。
「流産は結構な確率で起きることだし
次はきっと大丈夫ですよ。
妊娠できることが分かったんですから」と
医師に言われて
たしかにそうだと思い
次の妊娠に向けて気持ちを新たにした。
夏になり新居が完成して
心機一転頑張るぞと明るい気持ちだった。
