2021年春
初めて妊娠した。
このときは自然妊娠で
1人でこっそり妊娠検査薬をし
陽性を見て涙ぐんだ。
私が母になれる日がくるなんて!と
喜びいっぱい、
夫にどうやって伝えようかワクワクした。
ちょうど友人の結婚式を控えており
生物が出たら食べないでと言う夫に
心配しすぎだよと思いつつ
もう自分1人の身体じゃないんだと嬉しかった。
希望の産院を調べていたので
スムーズに初診予約をして
無事に6週くらいに胎嚢が確認できた。
この頃から検索魔が始まり
「胎嚢 大きさ」「心拍 何週」とか
調べてドキドキしながらも
夫と子どもの名前について話し始めたり
幸せな数日間だった。
「次の通院日くらいには
つわりが始まってますよ」と
言われていたがその予兆を感じないまま
病院へ向かった。
診察台から下りると
「心拍が聞こえない。
胎嚢の大きさも小さいから
成長が止まってしまった可能性がある。
経過を見ましょう」
と告げられた。
"流産"というものが
私の人生に初めて現実味を帯びて
突きつけれられた。
頭の中で
だよね
妊活始めて数ヶ月でうまくいくなんて
出来すぎた話だよね
と冷静さを保って先生の話を聞いた。
家に帰る電車の中で
ほかの乗客を見回しながら
今平然と立っている私が
実はどれほど落ち込んでいるかなんて
誰にも分からないよねと思った。
同じように
普通の顔して生きているほかの人たちも
何か辛いことを抱えているかもしれない。
だから人に優しくありたいと
なぜか心から思った。
夫は寄り添って
まだ分からないからねと励ましてくれながら
「自分が大変なときに
ほかの人のことを考えられるのはすごいね」
と驚いていた。
このときから表れていたが
私は自分の気持ちそのものよりも
状況を冷静に俯瞰しがちで
辛くても糧になる学びを見つけることで
心のバランスをとる癖があるように思う。
そこから次の通院までの数日間、
横断歩道で信号待ちをしながら
車が突っ込んでくるかもしれないとか
スマホを触りながら階段降りたら
こけるかもしれないとか
身の安全に気をつけて行動する度に
自分はまだお腹の中の子を守りたいんだな
諦めていないんだなと
自分に少し呆れながらも
希望と不安が交錯する日々を過ごした。
