「君が身命を賭した二大政党制は2年余りでついえた。もう一度政権交代を実現する」小沢一郎自由党代表 | 『私にも夢がある!』一兵卒の呟き

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8月28日に82歳で死去した羽田孜元首相の葬儀・告別式が8日、東京・南青山の青山葬儀所で営まれ、自由党の小沢一郎代表が友人代表としてあいさつした。自民党時代から行動をともにしてきた小沢氏は「肝心な時はいつも一緒だった」と故人をしのびつつ、今日の政界は一強多弱といわれる状況下にあるが、もう一度政権交代を実現する」と誓った。全文は次の通り。



 孜ちゃん、今日はいつもの2人だけの時のように、そう呼ばせてください。昭和44年の初当選の同期の友であり、また同志であった2人は子供のように「孜ちゃん」「いっちゃん」と呼び合って過ごしてきました。それから半世紀近くたちましたが、僕の脳裏にある君は穏やかな笑みを浮かべ、物おじもせず部屋に入ってきたときの孜ちゃんであり、緊張して座っていた僕は、しばらく前まで大学院の学生だった田舎者のいっちゃんでした。

 その2人の出会いは政治の師である田中角栄先生の事務所が初対面の場でありました。孜ちゃん、君は父上が病に襲われ、父が急逝した僕と同様、思いもよらず政治の世界に足を踏み入れることになりました。田中先生に戸別訪問3万軒、みんなと握手をしろ、そう命じられ、来る日も来る日も選挙区を歩き回って、ようやく当選を果たした2人に先生は同期当選の名を一人一人挙げて、県議、県知事、中央官庁の役人等々、みんな政治行政のプロだと。お前たち2人はズブの素人だと。他の同期生と一緒になって、ボンボンとその日を過ごしていたらお前たちの将来はない、命がけで勉強しろ、頑張れ、そう叱咤(しった)激励されたことを今でもはっきり覚えています。

 僕はともあれ、孜ちゃんは終生その教えを守りました。郵政の問題であれ、農政であれ、知らないことは知らないとはっきり言い、3人歩めば必ずわが師ありとばかりに謙虚に教えを請い、ついには誰からも一目置かれる存在になりました。君の周りにはいつも人があふれ、笑いに満ちていました。来る者は拒まず、去る者はそっと見送り、再び来る者は何もなかったかのように迎える包容力によるものだと思います。

 僕は生来の口べたで無用な敵を作ったり、軋轢(あつれき)を生んだりすることがしばしばありました。そのたびに孜ちゃん、君は「いっちゃんはシャイで人見知りなだけなんだ」と取りなしてくれていたと聞いております。「百術は一誠に如かず」。まさにこの言葉を実践された政治人生でありました。2人の政治生活には山もあり、谷もありましたが、肝心な時にはいつも一緒にいました。

 恩師である田中先生の誤解を生んだ、そして先生の逆鱗に触れながら田中派の中に(元首相の)竹下(登)氏を中心とした新しい勉強会も結成いたしました。またしかしその後、政治の改革をめぐる基本的な理念、考え方の相違から自民党を離党し、新党を結成しました。節目になると、いつも2人でとことん話し合いました。失敗すれば、もう政治生命はないだろうというときになっても、孜ちゃん、君はそれこそ結婚式の仲人を引き受けるかのような調子で「わかった、わかった。一緒にやろうや」と言ってくれました。正直に言って、この問題の深刻さが本当にわかっているのだろうかといぶかったこともありました。

 孜ちゃん、君はいつでもわかっていました。わかった上で自分の信じる道、自分の思う道を選んだに違いありません。先日も(8月)28日、突然の悲報を聞き、ご自宅にうかがいました。君を苦しめた病気の気配などかけらもなく、大事を成し遂げた人だけが持つ穏やかで満足感に満ちたお顔でした。

 君が身命を賭(と)し、全身全霊を傾けた二大政党制はいったん芽が吹きかけたに見えましたが、わずか2年余りでついえてしまいました。僕もその責任を痛感しております。

 本当に多くの先輩、同僚が旅立ちました。そして今、君もかつての仲間たちと一緒になり、さぞかしにぎやかな歓談の輪の中心にいることだと思います。僕もいずれはその輪の中に入れていただきたく思います。ただ、今日の政界は一強多弱といわれるような状況下にあります。君はいなくなってしまいましたが、残ったみんなで力を合わせ、もう一度政権交代を実現し、この国に政権交代可能な二大制民主主義を定着させることができた、われわれが歩んできた道に間違いはなかったと、その時に孜ちゃんに報告ができるようにしたいと思います。それだけを楽しみに僕は、君のいない寂しい政界の中ですが、何としても踏ん張って頑張ろうと固く心に決めております。

 孜ちゃん、安らかにお休みください。そしてこれからの日本の政治を、私たちを、天上から見守っていてください。さようなら。

   平成29年9月8日 友人代表 小沢一郎


産経新聞より