私は母親に対して苦労をかけてきた。

幼い頃からずっと。


小さい頃は、泣き虫で、

強い奴にいじめられることもあったし、

なにせ弱かった。


そのことで母親に甘えすがることはなかったが、

精神的な依存は大きかったように思う。


母親が側から離れると泣く子だったらしい。



父親は私にとって偉大な存在である。

会社でも徹夜して努力してバリバリ働いていたが、

プライベートでも手を抜くことはなく、

いつも外に出てバリバリ活動していた。


父の場合、それが生き甲斐だったのだろう。



本当に私はこの世界、

いや、まず日本で成功したい。


成功したと認められるほど成功したい。


もうそろそろ、そういう方向に向かって頑張って良い歳である。


社会に出て、会社に勤めて出世したいとか、

そんな次元の話ではない。


私が社長になるのだ。


浅はかかもしれないが、

それが手っ取り早い気がする。


もうそういうことを考えて良い歳だ。

歳の問題ではないかもしれないが、

「雇われてお金を給料で貰って出世して・・・」

そっちの方がどちらかというと

キツい気がする。


しかし、今の自分は何せ人に自慢できる立場で生きていない。

とりあえず当面、雇われて働いてお金を稼ぐことを

考えなければならないタイミングだ。


甘い、甘過ぎるといえば甘いが、

甘い人は、私の住む世界でたくさん見てきた。

彼らも私を反面教師にしたかもしれないが、

私も彼らを反面教師にした部分がある。


彼らの中には私以上に世間知らずの度を超えて、

「甘い」

連中がたくさんいる。

口に出していえないほどだ。


そして、改めて自分もその一人なんだと自覚する。


なぜなら、

私を含めて、

多くの厳しい状況の中で生活している環境で揉まれていきていないから、

実感がないのだ。


「そんなに甘くないんだな・・」

ということが分からないのだ。


そのまんま、40歳を過ぎてしまった人もいっぱいいる。

それも確かに病気だったことも関係あるのかもしれない。


けど、私からみて、

同じような症状、投薬を受けている立場からみても、

何が私、彼らの人生に原因を作ったのかといえば、

『君』

なのだ。


もうこれ以上、彼らのことをいっても仕方がない。


つまんで何が言いたいのかといえば

私は自分の甘さに対しての自覚がとてもなかったという事実だ。



と、言っている今でも私はまだまだ自分の甘さに気付いていない。


それでも私は日本のビジネスの世界で、

成功したいのだという。



そしたら、ただ、一つだけ先人から得た知恵で知っていることがあるとすれば、


『何かが見えてくるまで数をやるしかない』


結局、数は必要なんだと思う。

そして、数だけじゃ駄目なんだと気付いて、

そこからもしかしたら変化できる人は変化できるのかもしれない。



つまり、実践しなきゃ意味がないという、

やろうよ。


で、終わる話である。



走り始めた者は、

もしかしたらこんなことをいちいち考えていないかもしれない。


私はまだまだ歩き出していないのだ。