本日、フジテレビで放映されてました。
国内外で絶賛され、パルム・ドールまで受賞した「万引き家族」。恥ずかしながらワタクシ、是枝監督のことはほぼ知らず生きてきたわけですが、この映画によって友人を含む様々なメディアからお叱りを受け、少しずつ作品を観なければと思っていたわけです。そしてついに、本日初是枝と相成りました。遅いって。
当作品、率直に申し上げれば難しい、スッキリとしない、でした。そういう社会の歪みをモチーフにする監督とは聞いていましたが、これほどとは思いませんでした。いや、自分の悪い癖。理解できないものに対しては、これの本質は果たして?と考え込んでしまうのです。今回もそうなりましたので、整理のために書き記してみたいと思います。要するに自分のためのメモです。読む価値はありませんよw
さて、本質を理解するため、3つの疑問を挙げます。
(1) タイトル「三度目の殺人」の意味は?
(2) 三度目に殺されたのは誰?
(3) 是枝監督は何を描きたかったか?
この3つが明らかになれば、スッキリぐっすり眠れることでしょう。では参ります。
(1) タイトル「三度目の殺人」の意味は?
単純に考えれば、容疑者の三隅が三回人を殺めているということでしょうね。一度目は借金取り、二度目は食品会社社長の山中、三度目は…誰?三隅が行った「三度目の殺人」とは一体何か?
殺人が起きて、弁護士が語り部となり、裁判のシーンがクライマックス。いわゆる法廷劇です。後半には、容疑者・弁護士・検事・裁判官の談合シーンのようなものが描かれています。司法とは?正義とは一体何なのか?という問題提起をしているように感じますが、誰が誰のためになんのためにが明確になっていないので、それだけではなさそうです。うーん、結局意味はよくわからない。
(2) 三度目に殺されたのは誰?
終幕、重盛と三隅が面会するシーン、二人のやり取りが真実ならば、三隅が犯した三度目の殺人は自分自身と言うことになります。咲江を助けるため、わざと重盛のシナリオが崩れるよう嘘をついた。おそらく、あの告白の前に咲江と面会していたのでしょう。咲江は、三隅を助けるために告白することを告げたのでしょう。咲江の人生がめちゃくちゃになる。そう思った三隅は自分が極刑になることを選んだ、つまり自分を殺す道を選んだのかと思います。一見きれいにまとまりましたが、こんなシロートに語られるような単純な話ではないですよね。例えば、この映画のテーマが司法の歪みにあるとすれば、殺されたのは三隅かもしれません。語られてはいませんが、三隅の一度目の罪の背景にはやむにやまれぬ事情があり、ある側面では被害者なのかもしれません。それなのに、情状酌量されたとはいえ長い服役を強いられた。司法が三度、三隅を殺した。あるいは、その判決の周辺でいくつかの人生がめちゃくちゃにされた。これも、司法による「殺人」であると、さらには三隅の件だけではない、世の中には司法によって理不尽にどん底へ突き落とされることがたくさんある。このことを「三度目の殺人」というタイトルで表しているのではないか?とは、考えられないでしょうか。
すこし(1)の解と重なっています。いっぺんに2つの疑問が明らかになりました。ひとつにまとめたらよかったかな。
(3) 是枝監督は何を描きたかったか?
なんでしょうね…。司法の闇か、家庭内性暴力や食品偽装などの社会問題か、現代の家族の問題に焦点を当てたかったのか、真実とはいったいなんなのか?正義とは?なのか…。わかりません。難しすぎる。だいたい、途中途中でインサートされる映像にも惑わされます。重盛、三隅、咲江が雪合戦をしているシーン、娘からの電話にうまく応対できない重盛、咲江があたかも殺人を犯しているようなシーン、真夜中三隅に面会に行った重盛の泥だらけの靴、十字路に立つ重盛の最終シーン。頭がパンクするよう。
そういうわけで、どなたか親切な方、ワタクシに本作品をご解説いただけませんでしょうか。
ググれカスとのお言葉は想像に難くありませんが、「フフフ素人め、こんなこともわからないのか、どれちょいとレクチャーしてやろう」という上から目線の優越感を味わうチャンスをどうぞご利用ください。お待ちしております。
<おまけ>
映像美(手法)で印象に残ったのは面会シーン。メインでカメラに映った顔とアクリル板に映る対面者の顔が重なり、名優ふたりの演技力もあいまって凄まじい緊張感が伝わってきました。
広瀬すずの芝居も凄まじかったですね。