14篇の物語、どれも極めてクオリティが高く、寝る間を惜しんであっという間に読んでしまいました。
どれも面白いのですが、僕が好きな展開はとにかく理解不能で理不尽な話。まるで悪夢の中にいるような、もがいてもまったくそこから抜け出せない恐怖、静かに進んでいくのに体の芯まで凍りつくような物語。
この中でいえば「他人事」「倅解体」「おふくろと歯車」「仔猫と天然ガス」「恐怖症召喚」「伝書猫」「しょっぱいBBQ」「虎の肉球は消音器」。
夢の中というのは、なんでもありの世界ですよね。時間軸が急に変わったり、瞬間的に遠距離を移動したり。おかしなことが起こるのに、それはあたり前のこととして夢の話が進んでいく。夢の登場人物は、誰も驚いたり訝しんだりしません。これが恐ろしいです。だって、自分の常識や経験がまったく通用しないわけですから。世界が狂っているのか。自分が狂っているのか。境界線がぼやけてきます。精神が崩壊していきます。
前述した8篇の中では、特に「しょっぱいBBQ」と「おふくろと歯車」「虎の肉球は消音器」が秀逸です。どちらも日常が非日常化していく話で、普通の生活から悪夢へ踏み込む境目がわからないというところが恐ろしいです。登場人物たちは、恐怖に怯えながらも取り立てて騒いだりしません。ひたすら嵐が頭上を通りすぎるのを待ちます。そして最後にひどい目に会いますが、それすら淡々と受け入れて、また日常に戻っていきます。
それは、読み手にとって背筋が寒くなること。
一般の恐怖小説は登場人物が恐怖にさらされて、それに感情移入した僕らも怖い思いをします。それに比べて平山夢明の描く悪夢は淡々と進み、僕らはいきなりその世界に放り込まれます。その悪夢の傍観者という役割を、嫌でも演じることとなるのです。
「おふくろと歯車」は、死に向かっていく恋人を主人公は最後まで愛し続ける。自分も死ぬはずだったのに、死を免れる。そして、恋人との約束を果たすために自殺を思いとどまり、家へ帰るのです。
こうやって書くとどこにでもある恋愛物語に聞こえますが、彼女の父親が刺青の彫師で呪術者であったり、彼女の死の原因が父親の呪いでゾンビになっていくこと、体がだんだん崩壊していくこと、主人公も死んだはずなのに蘇生することなど。
そして、それらが当たり前の日常のように淡々と進んでいくこと。
悪夢です。
さらに、平山世界で感じた最も恐ろしいことは、自分の見ているもの、自分自身が実在するのかわからなくなるということです。「他人事」「仔猫と天然ガス」「伝書猫」では、いったい何が本当のことで何が妄想なのか区別がつかなくなります。自分が見ているもの、信じていたものが他の人には見えないとわかった時の恐怖。幽霊、頭のなかに届く電波、常に見られているという感覚…これらは自分にとっては本当のことなのに、他の人には見たり感じたりすることができません。それどころか、精神の病を疑われてしまいます。
これが恐ろしいのは、自分自身が主人公になる可能性が充分にあるところです。特別なことではなく、日常生活で隣に潜んでいるのです。平山夢明氏は、僕らにそれを教えてくれるのです。
平山夢明の悪夢に引きずり込まれる快感からは逃れられません。
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