現在、四十代くらいの声優は偉いと思う。
声優になるのも一筋縄ではいかないものだが、それ以前に「動機」というものもある。
私は既に四十を越えているが、今現在私と年齢が近い声優さんたちは、とあるブームに遭遇しているはずである。
それは「第○次声優ブーム」。
女性声優が雑誌の表紙を飾り、専門誌ができ、「萌え」という言葉が現れ、あのデーモン閣下までもが「国府田」の読み方を知っていたほど國府田マリ子が時の人となっていたあの時代。
ちなみに二十数年前の話。私が早稲田に入る前の話。私の場合は進学校に通っていたので、声優になりたいなど言ったら馬鹿にされる時代だった。
でも、おかしいんじゃないか? 声優ブームだったら、声優になりたい人も増えるんじゃないか?
光あるところ、影あるもの。常に裏側も盛り上がる。「がっぷ獅子丸」という人物がいた。ゲーム業界の裏側を軽妙な文章と、イラスト担当の人と大いに盛り上げた人物だ。
この人物が声優業界の裏側も書いていたはずだ。そこに「有名声優は担当との打ち合わせなんて聞いていない」「テーブルの下で携帯ゲームなんて当たり前」。早い話、ちょっと演技ができて声がいいだけで、内心は腐っていたわけだ。
裏話で盛り上がっていたのは紙媒体だけではない。ラジオでも「今期の最低アニメ賞は、サイレントメビウスー!」と、嬉々として叫んでいたあの業界人と声優は元気だろうか。
その頃webラジオなんかが配信され、『さよなら絶望先生』のラジオで「初音ミクの声優呼ぶくらいなら、ソフトで良くない?」なんて毒を吐いていた新谷良子はどうなったのだろうか。
とにかく一昔、二昔以上前までは、かなりな有名どころも毒が許容されていたのである。そんな時代に「声優になりたい」と思わせるのは······確固たる信念がないと無理だったろうなあ。
ほかにも「声優」はなりたくてもなれない職業であるらしく、枕営業、社長の娘、有名イラストレーターの嫁、歌手などが無理にねじいって作品を台無しにしたりする。
今現在でも声優でアニメが台無しにされたりすることがあるが、何か裏側でもあるのだろうか。
翻訳者を目指す方へ。
翻訳とは、結構な難仕事である。
原文通りなら素人でもできる。しかし、翻訳先の言語に応じて、または文化に沿って変えることは至難の業である。
例えば洋楽の歌詞。私が見たものでは、中学生レベルの翻訳間違いをしている曲があった。また、willはそのまま「だろう」と訳していて、微妙な訳もあった。昔はその程度の音楽関係者でも翻訳の仕事をできていた。
翻訳で難しいことの一つは、どれだけ原文通りか、ではなく、「どれだけ原文の意思に沿って訳せるか」だろう。
例で挙げるなら、最近なら『鬼滅の刃』の英文訳。原作が巧みな日本語なため、英訳では鬼滅の良さが伝わっていないという。確かに日本語は「悪魔の言語」と言われるだけあって、言葉選び一つとっても、訳せない場合が多い。
中島みゆきの歌詞もなかなか伝わらないだろう。『銀の龍の背に乗って』でも、呼びかけ一つ、主語一つ違っても、日本語の歌詞とは全然違ってくる。「僕」が「行こうぜ」と言う瞬間に、日本語であれば「変わった!」となるのだが、他言語ではかなり難しい。
ほかにも翻訳で難しいのは、「原文より良くする」がある。
ゲーテの「川のほとりにて」という詩があるのだが、これが直訳と意訳で何通りかあるのだが、直訳では私はこの詩を好きになっていなかっただろう。
原文にもあたってみたことがあるのだが、一目で「違う」と感じた。
なんでって? それは、原文には「!」が使われていて、力強かったからだ。
翻って日本語訳では、静かなまま終わっていた。
どうやらこれは他言語を日本語に訳す場合に結構あるらしく、久世番子という漫画家が日本人のロシア語翻訳の有名どころに会ったときの話で、その翻訳者が「○○の翻訳は違う」と一部で言われていたと嘆く話が載っていた。
もちろん、その翻訳者はどこぞの外語大の学長だったと思うが、ロシア語ペラペラであり、ロシア語に間違いはない。
だが、「翻訳」という一点に限っては、意訳派だったのかも知れない。
昨今の国際情勢で「バイリンガル」や「トリリンンガル」といったものも増えたかも知れない。しかし、真の意味で「バイリンガル」などは難しい。
助詞一つ、呼格一つ、主語一つで意味が変わる『銀の龍の背に乗って』をまともに他言語に訳せるだろうか? 文語的表現が多いAmazarashiの歌詞を他言語に訳するにはどうすればいいか? 英語に訳するなら、古英語でも使うか? というか、古英語なんてわかるアメリカ人なんて、そうそういるか? スティングが「巧みな英語」を喋ると言うが、まともに日本語に訳せた翻訳者がいるか?
翻訳者を目指そうとする人がいれば、自分が何語をどれほど喋れるか、それを考えてからの方がいい。
いくら何カ国語を喋れようとも、イスラエルあたりのホテルの受付ぐらいにしかなれない場合も多数ある。
言語の「深み」を理解し、かみ砕ける者でしか、翻訳者にはなってほしくない。