大まかな数字で見る高知県室戸市の現状。
今日もNHKの高知放送では、室戸の「復興策」を紹介していた。
そこで今回は、高知県室戸市の公報に載っている数字を挙げて、現状を見る。
数字上では、室戸市の現在の人口は一万六千人台。だいたい市に昇格するには二万人と言われていたが、既に数千人減っている(昔は二万人を超えていた)。
次に減少率であるが、自然減少、移動などでの減少を含めると、一年に約三百人ずつ減っていっている。これは或る程度緩慢になった数値であり、一万七千人ほどのときは、一年に五百人ずつ減っていっていた。
外出しても、下手なときには二、三本の葬式案内の立て看板が市内に立っていた。月に一日ぐらいなんてペースではない。月に数回、数本の葬式案内があった。近所だけでもこれだけ自然減している。
移動による減少は今に始まった話ではない。
市内では塾の撤退などで、立地が良いところは土地を銀行に売り払って、さっさと高知市へと移住していっていた。また、室戸高校などは、ひとときは男子野球部が甲子園に行ったり、女子野球部が隆盛したりと色々あったが、結果的に、現在ではどちらの部も廃部の危機に瀕している。
寮まで用意して女子部員を募集し、全国に打って出ていって、市内のスーパーでは「JKB弁当」という、女子高生野球部とコラボした弁当まで売り出していたが、今では他校との合同でしか試合を出来ないほど人口が減っていると言われている。
学校数の減少にも歯止めがかからない。水産高校が潰れ、岬中学校が潰れ、保育園に至っては何年か前に三つの保育園が一つの新設の保育園に統合される事態に陥った。明らかな人口減少である。
室戸小学校も、もはや数年前から、全国的な少子化による文部省の「小規模教育」の推進による、聞こえは良いが、単に教職員の仕事の確保としか思えない政策のおかげで、私が小学生の頃の一学年ほどの人数が全校学生の人数になってやりくりしていると聞いている。
その小学校に、色々と耐震工事の費用まで下りるのだから、国のカネの使い方は間違っていると思わざるを得ない。
私が上記の小学校の無駄づかいを訴えるのも、他にも理由がある。
既に全国的に知られている「南海トラフ地震」である。
いつ起きてもおかしくない、百年に一回は必ず起こっている、直下型なので建物などはひとたまりもないとの情報が交錯する中、室戸に希望を見出すのは難しい。
それもこれも、南海トラフの地震の震源地は、室戸沖なのである。
つまり、地震が起きた場合に一番ダメージを受けるのは、いの一番に室戸市という訳である。
地震を耐えきれるかどうか判らないほどの建物に、次に来るのは津波。避難タワーは各所に出来つつあるものの、もし生き残れたとしても登りに行けるかどうか。
室戸市民で南海トラフを意識していない人間は、よほどな情報不足でない限りは、いないだろう。
NHKでも、南海トラフ地震の後の人口減の予想を出していたが、室戸がダントツでトップになっていた。
室戸市民が不安になっている状況は、ローカルな面に至ってはまだまだある。
なんとまあ、避難所が、室戸でも海抜の低い、しかも川の近くの建物なのである。普通の人間なら考えれば判るというものだが、どう考えても死にに行けと言っているようなものなのである。
また、人口の大半を老年齢の人間が占める中、母親なんかは近所の仲の良いおばさんと「津波が来たら山に登ろうよ」と話していたりするが、はっきり言ってその山は、上り道が尋常でなく傾斜がキツい。果たして登る足腰がそのときまで維持されているのかといった問題が持ち上がる。
室戸市内では今、空き家が目立っている。
「あれ、ここ、何かあったのになあ……」といった空き地も「少なくない」といった表現よりかは「かなり存在する」と表現してもおかしくない。
数字で表すと、ちょっと遠回りな表現になるが、トイレのくみ取りの料金が一万円あがった。元が一万五千円ほどであったのが、人口減による収入不足により、二万円を超すというインフレ状態。
昔はスーパーも二軒あり、その他ドラッグストアも出来てコンビニも出来て、一見、リタイア組には住みやすい場所であると思っていたが、基礎料金が跳ね上がってきている。
それもこれも、室戸に見切りをつける人間が増えているのである。
現実問題、一時期、人間の通う病院がなくなりかけた。獣医でも耳鼻科に特化したような特殊な病院は元からなく、室戸の総合病院がなくなったのである。その後の市長選挙では、病院問題の解決を標榜した立候補者が当選した。
しかし、問題は解消されていない。室戸に急ごしらえで作られた病院には、一応医者はいるものの、検査をしてもちょっと複雑な状況であれば「紹介状を書くから」として、すぐにバスで一時間の安芸の病院に送られる。
昔、安芸と室戸は県立病院を建てる立地候補として争い、室戸が結果的に負けたおかげで、室戸には個人の持つ総合病院しかなくなり、その個人が県外資本に建物を売り捌き、総合病院がなくなった。
しかし、県立の病院が東部には安芸に一つしかなくなったため、一時間かけてバスやらで行っても、三時間待ちぐらいは当たり前。
「専門医が不在のため」
の一言で、再び行くのは二週間後、しかも同じくらいの時間をかけてといった不便。
医者も医者で、以前にガンの患者を巡る病院内での連絡ミスで、医療事故で人を死なすといった事案が起こった。結局は、余った医者を県の僻地に送るという発想しかないところに根本的な問題がある。
また、毎日のように室戸では医療の緊急搬送ヘリが飛んでいる。
それもこれも、比較的近い緊急病院の田野病院でも、県立の安芸病院でも手に負えないと判断された場合には、ヘリで高知市に近い総合病院に送られる。
結局の所、県東部に住む利点は、インフラなどもふくめて総合的な判断を下すと「南海トラフ地震が来るまでの待機所」と考えるしかない。
いくらNHKで特集が組まれようとも、南海トラフの地震に勝てるものではない。実際、室戸より海抜が低く、避難タワーも建てにくい高知市内などでは「既に諦めている老人」が問題として挙がっており、室戸はそれすら考えたくないといった状況で、「室戸の活性化」といくら喧伝しても「逃げ」としか判断できない状況である。
もう十年もすれば、室戸市の人口減少、及び衰退は目に余るものとなるだろう。
実際に市議であった人間の暴露した状況では、大半が生活保護に頼る悲惨な状況が訴えられていた。生活保護を受けるにしても、室戸に縋り付く状況しかない人間は、持ち家が室戸にしかない状況が判る。
私も、もし片親か両親が亡くなれば、祖父母の遺していった、山間の家に引っ越すことを想定に入れている。
そこは県立病院もあり、スーパーもコンビニもあり、ドラッグストアも整備されているようだ。
室戸を棄てる準備はできている。
私ももう少し若くて健康だったら、とっくの前に室戸を棄てているが、命が懸かった状態で室戸に逃げ込むようにして帰ってきて、両親の庇護の元に生きながらえている以上は、南海トラフの脅威に怯えつつも室戸で暮らすしかない。
「百年に一度、周期的に起こる」と経験則から、歴史から証明されている巨大地震を前にして、室戸の活性化も何も考える暇はない。
確かに地震空白地帯で、ここ数十年ほどは突発的に巨大地震が起きている。
そんな地震の一つ、「阪神大震災」で神戸に住んでいて、「天井が降ってきた」と語っていた姉は、母親との電話で「地震が来ても生きているつもりなの?」と、普通に言ったという。
ちなみに姉は、背骨に数ミリかヒビが入って、もう少しで半身不随になっていた。なんとかコルセットを巻くだけで治療は出来たので、今は大阪でシングルマザーをしてバリバリのキャリアウーマンをやっている。
そんな経験をした姉の意見だからこそ、説得力がある。
人は、意外と簡単に死ぬ。「天井が降ってきた」姉には、それが身に染みて判っているのだろう。
実際に阪神大震災を生き抜いた人の話を聞くと、生き残った後に線路沿いに太助を求めて歩くときに周囲を見られなかったらしい。
そこには、死体が累々と積み上がっていたらしい。
何処を見ても死体だらけの中、生き延びた人間の話も直接訊いてみたいものだ。酷かも知れないが。
とにかく自然現象が相手では、室戸がどれほど頑張ろうと、勝ち目はない。
また、室戸でも人口密集地域の他は、比較的に助けの手が届きやすいところまでは二十キロから四十キロの隔てがある。
これが、もし地震発生の場合の人口減少ゲージが急上昇している理由であろうが。
また、地震発生時の避難場所、市役所、小学校、警察署、スーパー、コンビニ、避難通路、諸々が海抜の低い場所に存在する。
つまり、津波が来れば、人が生き延びても、それらのものが津波の底に沈むことになる。
インフラ、緊急避難場所、生活の糧、すべてが津波の十メートルから二十メートルの下に沈むことになる。
復活は到底望めない。
一発アウトの上に、いつ起きてもおかしくないと囁かれる南海トラフ地震に、年に三百人の退避者を出している室戸はどう手を打つつもりなのか。
「復興」を叫んでいる場合ではない。本当の復興は、最悪の事態の先にある。すでに時は満ちているというのに。
最後に、希望を持っていた老人の話を書いておこう。
私が奈半利駅でバスを待っているとき、老夫婦が後ろで喋っていた。
「……ドローンを飛ばして、地形の写真を撮っておいて、津波後の地権者の土地確認に……」
奈半利は室戸ではないが、立派に浸水区域である。
最先端の話をするのも良いが、一つ訊きたい。
――地震を生き延びる自信はあるのか? 百年前の大地震より強いと予測されているんだぞ? 直下型地震が起きたら、いくら耐震工事をしていても無駄になるほど強いかもしれないんだぞ?
「津波」の前の「地震」すら生き延びられるか判らないというのに……。
高知県でも最も震源地に近い室戸。地震、津波後に「復興」の声を挙げられるほどの人口が残っているかどうかは、はなはだ疑問である。