なんとなく、初めて買った携帯の色を聞いた。オレンジ色だったらしい。
まだかすかに青い匂いの残る畳に敷いた布団の上に並んで、六年前のことを思い出す。
自転車のカゴに二つのスクールバッグを詰め込んで、ひたすら歩いた。
朝は親友たちに冷やかされて笑った。
駅のホームで何時間も話した。
どこにも行くところがなくて、スーパーのフードコートで時間をつぶした。
冷房が効きすぎた病院のドトール。
コンテナが積み重なる駅裏の路地。
自転車を漕ぐ背中。ワイシャツ越しの温度。夕暮れ前の野球場。
浮かんでくる景色はやたらと綺麗だけれど、どうも現実味が無い。
鼻の奥がツンとするような感覚はあるのに、言葉にすると崩れ落ちてしまいそうだ。
本当に自分が経験したことなのだろうかと思う。
頭のなかに描いているあの頃の自分は、本当に自分なのだろうかと思う。
それほど遠くなってしまったようだ。
懐かしことが増えていくのはなんだか苦しい。
思い出はいつだって美しく、今よりもずっと魅力的だ。
どんなに辛いことも、死にたくなるような悲しみもすべて、いつか思い出になるころには、ろ過されてしまう。
水の中の氷が溶けるように、鮮やかな記憶は少しずつ溶けて、色を失い、形を失い、薄められていく。手に取ることができなくなる。
透明な水は嵩を増す。
新しい氷も、やがてコップから溢れるまで、溶け続けていく。
そのひどく冷たい融解のなかを、私は泳ぎ、疲れ果てるまでもがき続ける。
でもそこには同じようにもがく人がいる。いや、もしかしたらその人は平気な顔をして泳いでいるかもしれない。その顔を見たら救われるはずだ。気が向いたら手を差し伸べてくれるかもしれない。死んでいく私を、見届けてくれるに違いない。
息が止まり、心臓が止まる時、私はどんな気持ちだろうか。それほど悪い気分ではないはずだ。
私たちには人生が待っている。得るものも、幸せも待っている。二人分の喜びがちゃんとある。
名前と共に何かから脱皮して、明日からすべてがうまくいくなら、悲しみが半分に分けられるなら、それは幸福なことだろうけれど、きっと失うものも、いくつかの不幸も、ちゃんと二人分この先にある。
それでも一緒に泳いでいこう。
そして今夜くらいは、涙が出るくらい楽しい夢をみよう。いつもより盛大ないびきをかいて、ぐっすりと眠ろう。もしも眠りにつけなければ、上に広がる濃い灰色を見つめながら意識のまどろみを楽しもう。
最後の夜。始まりの夜。
2012.12.24

