おじの借金はおばの死により明るみになりました。

おじは難病を患っており、自立歩行は困難な状況でした。親族(父、近隣に住む親戚)の関わりを拒否しており、

父が訪ねていっても居留守を使われたと。

父はおじの身体状況を知ることが出来ませんでした。難病の発覚してからは父の農業法人を辞めたので近況を知ろうにも居留守で会わせてもらえなかったのです。

父は訪問するときに精米したコメを届け、いくらかのお金を封筒に入れて置いて帰っていたそうです。

居留守なので、玄関前に停められた車にそれらを置いて、玄関脇に放置されたゴミを回収していたと。

 

おばが救急車で運ばれ、その日、その病院で亡くなりました。夕方におばは帰ってきました。

自宅におばを安置できるようなスペースは無いので、葬祭会館の部屋に直行です。

救急車におばを乗せるとき、おじがおばのカバンを一つ抱えていました。この夫婦の全財産です。

おじとおばの通帳、キャッシングカード、財布、薬がありました。

おじは自立歩行ができず、車椅子生活になっていました、自動車運転免許も数年前に返納していたので

車椅子移動のおじはひとりでは何も出来ません。

ひとまず、父がカバンを預かり、おじの了承のもとカバンを開きました。しばらく記帳されていない通帳があったので、父が翌日に記帳にいきました。葬儀費用を引き出すためでしたが、何ページにもわたり、

記帳されていない通帳はどのページもマイナス残高でした。

農業を辞めたおじに父は「借金はないな?」と何度もなにかのタイミングで聞いたそうです。そのつど「無い」と答えていたので、父は相当驚いていました。

その通帳は通常の普通口座と違い事業決済専用口座なのでマイナスがつくれる口座でした。

その口座のマイナスは300万円でした。

 

父は大変動揺したと聞きました。葬儀のため帰省していた姉は、父からこの報告を受けていましたが、父は私には内緒にといったそうです。理由は分かりません。

おばがなくなり、おじの世話をするひとがいなくなったため、葬儀後におじをひとり自宅に返すわけにはいかないため、役場の福祉課に父は相談にいきました。役場の担当者は、おじが税金を滞納しているため福祉サービスが受けられないと言われました。

滞納している税金を払わないと、おじの受けれ先は探せないとの話です。

父が20万円近い滞納金を支払いましたので、葬儀後までに受け入れ先を探してもらうことが出来ました。

 

おばの葬儀後に父の家におばの姉夫婦、おじ、私、姉、長男おじ夫婦とが集まりました。

おばの死により、借金が判明したことを伝えました。

みなの前でおばのカバンを開き、通帳を見せました。おばの姉夫婦は驚いた様子はなかったので知っていたのたと

思います。

父がおじに借金のことを尋ねます、借金は通帳のマイナスだけか?おじは「そうだ」と。

私は眼の前におかれたおばの財布を手に取りました。

なにげなく、財布の中身をテーブルのうえにすべて出しました。

おばの財布み一枚だけ名刺が入っていました。

無職の夫婦に名刺のやりとりをするような人間関係があると思えず、なにか直感的に怖さがよぎり、

名刺を取り出す手が震えました。それはなぜか?県外の司法書士事務所の名刺だったからです。

なぜ、無職の夫婦が司法書士事務所のしかも県外の?

おじに聞くと「う〜ん、借金をまとめてもらった」と

ため息です、300万円のほかにも借金があったのです。つい先程、「ない」と言ったのはなんだったのか

債務整理をしたということです。

300万円のマイナス残高の通帳と、債務整理の支払いがあることが判明しましたけど、

お金の管理はすべておばだったと言いますから、おじが知らないのはと当然としても、全く持って殊勝な態度がみえないおじでした。

その場で、この借金を兄弟が援助するしてチャラにすることは私は認めないと言いました。年金暮らしの父と長男おじ夫婦が返していくのは不憫すぎます。

おじには自己破産をしてもらうと私がはっきりと言い、その手続を進めると。

父が世話になっている司法書士に依頼することになりました。

そして、この司法書士がかなりポンコツだったのです。