人には必ず、人そのものと、
その人のもつ〝場〝というものがあるように
私には感じます。
そして、私はその〝場〝そのものを、
私には感じます。
そして、私はその〝場〝そのものを、
他の何よりも現実のものとして感じるようです。
実際の物理的なものよりも、です。
実際の物理的なものよりも、です。
一見すると、ただ話しているだけだったり、
遠く離れて見守っているだけだったり、
空間に黙って存在し合うだけだったりしますが、
私からすれば、そのお互いの場には
濃密なものが、ふんわりたっぷり詰まっているので、
とても全力で大切に触れ合っている感覚で
あふれているのです。
〝場〝は自分の感じているものを、
そのまま感じていていい、と思える場所でもあるし、
言葉にならない、表現し切れない部分を
ふんわり持ち続けるための〝空きスペース〝
の役目もある。
その場があることを、互いに認め合い、
大切にし合い、
そこから話したり、知恵を使い交流したりする
〝場〝にもなる。
人は人型の部分だけじゃなく、
自分自身を鳴らしたり、
お互いを見守る遊びの部分も含めて人、
って言った方がいいのかな。
世界は私にとって、
そういう温かさの詰まった〝場〝
が折り重なって出来ているようです。