直近で観たドラマと読んだ小説にガァツン。チーン

 

数日前に一気に観たNetflixのドラマ「地面師たち」と、長編だけど昨日から読み始めて、止まらない勢いで、1日半で読んだ林真理子の「小説8050」!!どちらも身近な社会問題だった。とくに小説の方は、すごく身近なテーマで、子の不登校、ひきこもり。学校と言う集団生活の中で起る密やかな心の歪みや崩壊、子供間の残酷なカースト制。そこから静かに進む8050問題でした。

 

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ドラマ「地面師たち」はフィクションとは言え、実際の事件が基になっているから、仰天した。某住宅メーカーで、何十億単位のお金を地面師たちに詐欺にあった実際の事件!今の時代、なにが詐欺なのか、なにを信用していいのか、本物もフェイクも区別が付かない場面って、もう特別じゃないから、そら恐ろしい内容でした。

 

ピエール瀧みたさに見始めたら、ドラマの音楽担当が石野卓球でコンビ愛飛び出すハートと嬉しく、テンションあげて見始めたら、内容が怖すぎた。人の非情さに尽きた。騙してお金を取るのは、騙された方が悪いんじゃない。この事件は騙す方が悪人すぎる。滝汗どういう過程を経たら、こういう人間になるの、豊川悦司。。。怖すぎました。チーン

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そして林真理子の「小説8050」。

ページをめくるまで、”8050”と言う意味を知らなくて。”親80歳、子供50歳、親の年金で、子供は働かずに家に引きこもり、自立できないまま親子で暮らす”と知る。

 

子供がそうなってしまう原因の一つには”親が子供を甘やかして育てるから”と言う文面にドキっとしながら、甘やかして育てたつもりはないが、甘やかしていただろうか?とか、親が息子の機嫌をとりながら家で暮らすってシーンにもドキリとしながら、我が家の子供たちはひきこもりにはならなかったけれど、息子はうつ病になったから、人ごととは思えず、読みました。

 

小説は、中学生で不登校になった息子が七年間、部屋から出ず、親が起きている間は、息子は眠り、親が寝静まったら、家で活動を始める引きこもり息子が、次第にエスカレートして行くサマや、子供をなんとかしたい親の胸の内、その親心の弱味につけ込む商売などなど、ハッとする文面は随所にあった。

 

「子供は、大人が考えているよりもはるかにプライドが高い。特に男の子。」この文面にもガツンでした。そうだった。子供の頃、母親に自分の自尊心を傷つけられたくないと思っていた私だった。では自分が親になってから、子供たちに対して私はどうだっただろう。。。とかも振り返った。

 

子供の引きこもりの原因はなんなのか。どうやったら、ひきこもっている子供と対話できるだろうか、子供が狭い暗闇から出る方法を必死に親が模索し、子供を救いたい一心で頑張れば頑張るほど、空回りする展開も、子育てを終えても、考える内容だったし、子育てだけじゃなく、家族と言う関係の面倒くささ、小さなひきこもりがやがて、結婚、就職しないまま50代になる子供を、80代の親が支えていく。。。。

 

読みながら、色んな事がリンクしました。それと、親子関係や子供同士の関係が、実際に札幌であった”ススキノ猟奇的殺人をおかした娘と父親の親子関係”や”東京オリンピックのテーマ曲を作るはずだったアーティストの過去の同級生へのいじめた問題”なども、実際の事件や出来事も合わせて感情移入できる1冊でした。

 

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春から始めた庭のリニューアル。
あともう少しで完成。

以前は土の上に大きな天然木のウッドデッキだったけど、朽ちていたので、壊す所から始めて、人工芝貼って、人工木で、縁側を。

測って、発注して、電動カッターでカットも、全てやっている、一人親方並の夫❗️
褒めたら、アイデアはお前だ。と私も親方の仲間入りさせてもらい一応、2人親方って事にグラサン

細かい作業が丁寧な夫、ほんと‼️いい仕事してるグッド!グッド!グッド!笑い泣き

ここに、集団でやってくる人たち…。

多い時は8羽とかキョロキョロ

庭にこんな穴がたくさん。

雀が掘っていました。







昨日はサックスのレッスンで外出。もうすっかり図書館とウォーキングとスーパー以外、外出しなくなったから、時々、街へ行くと、普段の”社交的じゃない生活”から、一転する。昨日は特に!不思議な空気感を体感。
 
レッスンを終えたあと、街の中がザ・バーゲンだったので、観ていたら、一人、素敵な中年女性を発見。なにが素敵って、今ってみな似たような洋服(流行の)を着ている人が多い中で、その人は個性が出ていた。しばらくして、別の洋服売り場へ行ったら、またその人がいた。それで私キョロキョロ。。思わず、その人に「素敵ですね」と声をかける。そしたらその中年女性(私もだけど)口笛が、「え?私?」って驚いていて、「はい、とても素敵です」と言ったら、「貴方も」ニコニコ返される。
 
な、なんて、知らない人との、この会話。そう返ってくるとは思いもよらず。相手を褒めたと言うより、単純に素敵だったから、素敵と言いたかっただけなのに、逆に「貴方も」って。咄嗟にこんな返しをしてくる女性ってやっぱり素敵だ。
 
黄色で柄がないカジュアルなワンピースに、カラフルな柄の靴下を組み合わせていた。黒いサングラスに、髪は1つに束ねていた。あとから考えてみると、もしやその女性は、おしゃれをしてきたつもりではなく、街に買い物にくるのに、おしゃれをするのが面倒だから、ノーメイクを隠すためにサングラス、髪がボサボサだったから1つに束ね、コーディネートが面倒だったから、無地のワンピースに、差し色でカラフルな靴下で、体型隠しにストンとしたワンピースだったのだろうか。と想像しつつ、サラッとそういう事が出来るって、やっぱり同性として憧れる。
 
知らない人にいきなり、「素敵です」って声をかけるわたしも変な人だけど。。。場所が東急百貨店だったから出来たのかもしれない。東急百貨店っておばちゃんにとってはディズニーランドみたいな所だから。
 
 
それからヨドバシとビックカメラで冷凍庫を観て、お風呂場のカーテン用の布を購入し、娘の誕生日プレゼントを探したあと、一人回転寿司で、マグロ三貫盛りとマグロづくしの計7貫食べてお茶を飲んだあと、さて、家に帰りますか。と駅へ行くと、ななんとチーン人身事故で電光掲示板真っ黒。通勤していた頃、たまに仕事帰り、それに遭遇していて、疲弊しながら帰宅していた事を思い出しながら、昨日はサッサと違う交通機関を試みる。
 
普段乗らないバス乗り場へ行く。50分位待ってやっとバスが来て、座れただけでもありがとうもんでした笑い泣き。混んでました。そして、そのバスの中で、不思議な感覚を味わう。
 
座っていた男性が高齢の女性に席を譲っていた。後に乗ってしまい、なかなか降りられない人が「おりま~す」と言っている声は聞えるけれど、なかなかこず、でもみな、不愉快そうじゃない空気感で道を譲っていた。ステップに立っていて「危ないから一段上がった方いいよ」と優しい声のおばさんとおじさんに声をかけられて、「はい、ありがとうございます」と言っていた女の子。運転手さんが何度も、「もう少し前の方にお詰めください」と言うと、みんな少しつづ、前の方へ。リュックを後じゃなく、前にかかえていた人たち。携帯の音をマナーモードにせず、ずっと鳴らしている人がいたら、若い女の子が「どなたか携帯なってますよ~」と。キョロキョロこれには思わず、え?と思った私だったけど、私の前に立っていた男性も「フっ」笑っていた。「すみません、あとからかけ直します」と言っていたおじさん。「今日はどうしてこんなに混んでいるんだい?」と途中から乗ってきたおじさんが知らない人に話しかけていたり。。。
 
知らない人同士が、1台のバスの中で、同じ時間を過ごすのはごく日常的。ぎゅうぎゅう詰めで蒸し暑いバスの中でした。でも、みんな協力しあいましょうの和やかな、穏やかな空気感が出ていた飛び出すハート飛び出すハート飛び出すハート座れた私は乗車時間が1時間以上になりそうだったら、目の前に立っている人と、途中交代しようかなと思っていたけど渋滞もしておらず40分くらいで着いた。
 
ネットやニュース記事にすっかり世の中は殺伐としてしまったと感じていたけど、昨日は違った。久しぶりにほっこりニコニコ
 
サックスのレッスンで使っている楽譜。「オーラ・リー」。楽器が家にないので、指だけを動かす。音を出すのが楽しくて、やっぱり早く楽器が欲しいな~。でも、この欲しい欲しい欲しいの気持ちがもっともっと自分の中で大きくなったら、楽器を買う事に恋の矢

 

竹で出来たリード。

 

普段やんちゃな女子が、「おい、コラ!」と言っても、口が悪いな。。位にしか思わないけれど、いつも清楚な人がいきなり、「おいコラ!テメー」発言には、すごいギャップで萌え感。でした。
 
吉岡里帆ちゃんが学校の先生に扮している映画「GーMEN」。あるシーンだけ、ものすごく興味そそられて、昨日Netflixでそのシーンだけ観たのです。。。授業中、勝手し放題の男子生徒たちを叱るシーン。
 
授業中、漫画を読んでいた生徒に向かって、最初は「コ~ラ、学校に漫画持ってきちゃダメだぞ~」って優しく諭して、漫画本を取り上げる。すると男子生徒は怒って先生に向かって「何すんだよ、ババア!」と言い返すシーンは一昔前の学園ものなら、ありきたりなシーンだけど、それから先の吉岡里帆ちゃんが凄すぎた!
 
「誰がババァだよ、この野郎ーー!」と言いながら、生徒が持っていた漫画本で生徒をまず殴る。そのあとは生徒たちの事を「おい、コラ~」、「テメー」と呼び、清楚な人がこういう事を言ったりやったりするって、すごい強烈なインパクト。
 
先生と生徒の関係は、今の現実の学校ではこういう乱暴なシーンってあり得なくなっているけど、こういう先生と生徒間も、いい意味でいいな~とか個人的に思いました。すると今朝パソコンを付けたら、ネットの記事に「授業中に生徒が居眠りしていたから、本の角で叩いたら懲戒処分になった先生」の記事が出ていました。
 
なんだか、やりずらい世の中。。。”昔とは違う”と言ったら、それまでだけど、私の時代にも、国語の教科書の角で頭を叩かれている男子がいたし、担任の先生に黒い出席簿の平らなところでの頭を叩かれていた男子もいたけど、その先生は今でもクラス会があるたびに呼ばれていて人気の先生だし。先生がこれない時も、「あの頃、あの先生怖かったよね~」って話になっていたけど、強烈な先生ほど、印象強く、同時に子供たちの思い出とリンクする所があった。あの頃って怖いだけじゃなく、そこに人としての愛情みたいのが感じられていた気がする。未熟な中学生を大人の先生が、寛大な心で導いてくれていたと言うか、怒りながらも、見守ってくれていた感はあった気がする。
 
とか考えながら、今日はサックスのレッスン日。家に楽器がないから、吹けるのが楽しみ。今日はレッスンが終わったら、欲しかった冷凍庫をヨドバシカメラに観に行く事に。もちろん一人で。
 

 

夫に、”冷凍庫が欲しいから電器屋に見に行かない?”と言ってみたら、無言でした。
この無言とは、どういう意味か。。。1、必要ない。2,自分は欲しくない。3,置く場所あるの?のどれなのかなと推測。
 
冷凍庫は前から欲しかったのです。我が家の冷蔵庫の冷凍室はもう満杯なのです。なにが満杯って庭で取れたラズベリーで。年々枝が広がってきて、収穫できる量も増えてきたので、段々と夏場の冷凍室がそれで一杯になってきて。他にも夏野菜がシーズンのうちに、色々加工して、秋冬に向けて保存食を作って冷凍しておきたいのに、いよいよ、冷凍室が満杯で他の物が入らなくなってきたから、冷凍庫だけが欲しい。
 
「いいよ」でもない、「ダメ」でもない、買っていいのか、ダメなのか、無言で返されたら、私はどうしたらいいだろう。。。と思ったけど、よく考えてみると、夫に相談しないで買えばいいのだ。自分のお金で買うんだし、いちいち相談する必要もなかった。それを、今まで家で使うものは律儀にいちいち、「買ってもいい?」とか「買わない?」って相談していた私。
 
そういえば、つい1週間前、いきなりAmazonからキャンプ用の椅子が届いた。それも一脚だけ。我が家は二人暮らしなのに、一脚だけ。。。その椅子を広げて、「リクライニングも出来るんだよ~座り心地いいよ~、ほら、座ってみろ~。星も見えるぞ」とかって、家の中で広げて星が見える訳もないのに。。。。しれっと私に相談もなく買っていた夫。しかも自分が使う一脚だけ。。
 
もし買う前に私が相談を受けていたら、買う必要ない。と言っていたかもしれない。だって、もうじき、庭にウットデッキが完成する。完成したら、そのウットデッキに座る所はいくらでもあるから。座る為に、ウットデッキを作っているのに、別に椅子なんて要らないでしょって言っていたかもしれない。
 
今までその類いで毎度チッってなってきたけど、私も夫に相談せず買えばいいのだ。って35年も一緒に暮らしながら、今ごろひらめく笑い泣きあせる
 
最近、そうめんはビビン麺が続いている。
それと何年かぶりにカルピスを買ってみた。夏飛び出すハートって感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6時に家を出るとラジオ体操に間に合います。

 

いつもウォーキングしている山坂5キロのコースの途中に、4月から10月まで、毎朝ラジオ体操をしているところがあって、間に合う時は、そこでラジオ体操を時々。

 

知らない人ばかりだけど、「おはようございます」と挨拶をして、輪の中に入る。夫はものすごく人見知りなので、いつも輪の外でラジオ体操をしようとしていて。。どんだけ人見知りなのよ~。滝汗って思うけど、人それぞれなので、輪の中でみんなでやりましょうとは強制せず。でも私が輪の中へ入っていくと、夫も安心するのか、ついてきます。

 

結局、輪の中でみんなと一緒にラジオ体操をするのですが、そういうのって、子育てと似ているな~。子供自身苦手だけど、安心できる親や相手が率先して先に進むと、自分も安心して、それについて行くみたいな爆笑

 

夏休みに入ってからのラジオ体操にも、私の地域では子供がほぼいないです。昔ってみんな子供だけで参加して、スタンプ押して貰って、夏休みの最後は、ノートや鉛筆貰っていたのに。。

 

今日はこのラジオ体操!ちゃんとやると身体に効いてるってわかる滝汗

昨日1日中雨だったから、家の中にいて、パソコンで調べ物していたからか、ラジオ体操をしてみて、身体凝っていたと実感!

 

 

今日は26度の予報。関東の連日の気温の事を考えると、命に関わる気温で、本当に地球温暖化が静かに進んでいる。せめて関東の企業の人たち、北海道にきまっしーとか思う。涼しい所に移動して働く。暮らす。とか。あ、蝉が鳴き始めてきた。

 

庭で玉葱取れました♡



 

5月に母がなくなった時、家でなくなると、救急車ではなく、まず警察に電話。検視のため母の遺体は警察へ。の流れでした。


私が実家に行ったのは、まだ母が警察から戻ってきていない時間で、姉からその時の状況を聞くと、「恥ずかしかったんだよ。かあさん、パジャマのズボンの中、パンツ履いてなくて、警察の人に”おかあさんのパンツ、どうしましたか?”と聞かれた」と。

 

え!びっくりしたのは、パンツ履いてなかったの??の驚きじゃなく、それ普通じゃないの?パジャマの中、パンツ履かないで寝ている人いるでしょと思った私でした。


母は普段からパンツを履かないで寝ていたのです。

 

姉は警察の人にパンツを履いていなかった母の姿を見られて、恥ずかしかったようだけど、私は全然恥ずかしいと思わなくて。むしろ、自慢だと思ったのでした。91歳と言えば、人によっては紙おむつをはいて寝ている人もいるのに、母は紙おむつどころか、パンツも履かないで寝ていた爆笑って自慢ではないか。

 

母は、自分でも、夜23時頃寝たら、明け方6時頃までトイレに起きる事もなく、ぐっすり寝ていると何度も私に自慢をしていたから、とらえ方によっては「警察の人は、履いていた紙おむつを何らかの事情で、誰かが、脱がせたのかもしれないと思って、パンツどうしましたか?って聞いてきたんじゃないの?だから、全然恥ずかしい事ないって。自慢のかあさんでしょ」でした。爆笑

 

前日までバスと地下鉄を使って習い事に行っていた母。元気で悪い所もなかったけれど、翌朝、起こしに行ったら、亡くなっていた。習い事の会場がいつもと違う場所になったからと、その日は姉が母に付き添い、札幌駅から歩いて15分くらい。風が強いのに、母を歩かせてしまった。「少しやすみたい」と言っていたのに、無理をさせてしまったと姉は後悔していたけど、確かに、本当はバスセンター前で地下鉄を降りれば良かったのに、母の休みたいのSOSに、休ませてあげれば良かったのに。カフェだって、コンビニのイートインだってあるんだし。

 

とか内心、姉の行動に思う事はあったけど、でも姉は働きながら、母の健康診断だ、習い事だ、買い物だって、よく付き添っていた。私はそう言う事は一切出来なかったし、しなかったから、姉を責めるなんて、とんでもない。母はしあわせだっだろうなと思う照れ自分でも何度も「かあさんは幸せだわ。本当に幸せ」って事あるごとに、自分の高齢のお友達と、自分の身の上を比べては、自分の幸せ度を計って、しあわせだしあわせだと語っていたからキョロキョロ

 

なぜ亡くなったかは、検視の結果、結局分からず。でも人はいずれ必ずいなくなる。91歳まで生きて、そして痛いとか苦しいとかなかったから、私は良かったと思っている。眠ったまま亡くなったのか、多少、痛いとか苦しいとかあったのか、それすら分からず。でも母の顔は穏やかな顔をしていた。今朝はそんな事も思い出す。

寝る時はパジャマ、起きたら服を着て1日を過ごす。基本、裸になるのはお風呂の時と、パジャマから洋服に着替える時だけ。裸でいる時間が短い。そのお風呂の時も、裸でいながらも、裸でいる事より、まず忙しい。身体を洗い、髪を洗いって。湯船に浸かっている時は、湯が温かい~って、人によっては湯船で本を読んだり、ラジオを聴いたりテレビを観たりって。

 

ホテルに勤めていた時、同じ部署の30代の女子が、「休みの日、裸で過ごしている」って言っていた人がいて。え?!あ!家の中で裸で過ごすって、変な事かと思って、誰にも言えなかったけど、な~んだ、やっている人がいたんだ。って安心した事があった。

と言っても、私が家で裸で過ごしている訳じゃなく、一人暮らしなら出来るけど、去年までの一人暮らしでも裸で過ごした事はない。でも裸で過ごしたら気持ちいいだろうな~とは常日頃から思っていて。開放的になりたいんじゃなく、解放された気分になれるだろうなと思っていて。日常生活にはどこかしら抑圧って必ずある。取り除けない抑圧は仕方ないけど、取り除ける抑圧は裸で過ごすといいんじゃないだろうか、少しは解消されそうって思っていて。

 

民族によっては、裸に近い格好で生活している人たち、どんな感じなんだろう。Tシャツに短パン、ラフな格好が日常的な国とか。着ている洋服によっても、人の解放感って違うだろうな。。。とか裸で過ごすのびのび感を、時々しみじみ考える。

 

裸で生活したいとは思わないけど、肩の力を抜くとか、緩めるとか、自分を解放するとか、ヨガや瞑想で自分を解放するんじゃなく服を着ているとどうしても、なにかしらどこかに、スイッチが入ってしまうけど、スイッチを入れない日もすごく大事だよな~私の場合って話でした口笛

 

ちなみに同じ部署の30代女子が、休日は家で一人裸で過ごしリラックスしていたなら、私は出勤前に鳥の鳴き声のCDを聴いていました。なぜに鳥の声だったのか、今も分からないけど、求めていた鳥の声って感じで、これが自分の唯一のリラックス方法でした。

 

 

朝4時半に起きると、まだ誰も起きてなくて、一人静かに過ごせて、その時間に読書をすると、とても集中できるって昨日ブログに書きました。その朝時間が1日の中で、とても楽しみで照れ

 

今朝も4時半に目が覚める。ヨシヨシ♡静かに過ごすひとり時間確保!と、いの一番に顔を洗っていたらキョロキョロ。。。夫がグラサン起きてきた。静かな朝は一気に台無しに。ガラガラって勢いよく窓を開ける音、チーーンって鼻をかむ音、顔を洗いながら手鼻をする音、コーヒーメーカーのピーーーって音、ブゥーーーーンってドライヤーの音、たばこを吸いながら換気扇がまわる音滝汗

これに”ブぅ”とかおならの音が聞えてきたら、ちょっとイラ。

 

夫は仕事へ行く日は6時に起きてくるけど、仕事へ行かない日は、5時台に起きてくる。だから私はそれよりももっと早く起きて、静かな時間を確保しているけど、向こうも早く起きてくる。

 

お互い、早く起きてもリビングで会わなければいいのです。たまにリビングでニアミスしそうな時もある。インスタントコーヒーを入れていたら、夫が起きてくる気配が!!私は慌ててコーヒーを持って自分の部屋へ。別に自分の部屋にいるから一人時間は確保できるから、慌てる必要もないんだけど。。「あら起きてたんだ」感の朝じゃなく、密やかにこそこそと部屋で過ごしたいのでした口笛

 

日々の生活で楽しみにしている事って、美味しい物を食べるとか、どこかへ行くとかじゃなく、ひとりで過ごす時間が楽しみって、安上がりな楽しみニコニコ

ぐっすり眠ってスッキリ目覚めて、予定がなくて、時間に追われず、悩みもない時は、その時間がすごく開放感ニコニコ

 

今日は静かな朝じゃないけど、お互い自分の部屋があって、別別に寝ているから、やっぱり朝起きてこないと心配になるし、今日も元気で良かったわって事でグッド!

 

昨日観ていたテレビに「目覚まし時計をかけないで寝たーーーーい」って叫んでいる人がいたけれど、その気持ちすごい分かる。そうだよね。明日は何時に起きなきゃ~って思って寝るのと、時間を気にしないで寝るのって全然違う。

 

私はもう目覚まし時計を必要としない生活になったから、本当に気が楽に。

気が楽になったからか、去年までの、5時に目覚まし時計をセットして、5時15分、5時30分、それでも起きられない。あせる15分間隔でセットした目覚まし時計が5時45分になる音がもうギリギリ。。それでやっと起きていたけれど、今じゃ目覚まし時計がなくても、4時30分から5時30分には自然と目が覚める。

 

外が薄明るくなってくる早朝が、私が読書をするのに集中出来る時間帯。だから夜寝る前、”明日、また早く起きられたら嬉しいな~”とか思って布団に入るのです。同じ早起きでもこの違い。

同じような時間帯に寝ているのに、疲れ方が違うのか、気持ちのよい目覚めで起きられてるニコ


今日は4時半からずっと部屋で読書。1冊読み終える。気がついたら6時間も部屋にいました。朝一番で顔を洗ったらコーヒーとお水とビスケットを部屋に持ち込み、途中、夫がキッチンで朝ご飯のチャーハンを作っていたから、しれっと出来た頃、お皿に貰って、それを部屋で食べながら続きを読み、大満足な読書タイムと朝の起床時間でしたウシシ