できることから・・・・
被災の店主 寄贈蓄音機で
岩手県陸前高田市の避難所に、東京から持ち込まれた蓄音機から「テネシーワルツ」が流れた。
1日限りのジャズ喫茶。「犠牲者への鎮魂と、復興への祈りをこめた」という優しい音色が染み入る調べに、客もマスターも少し元気を取り戻した。(横山航)
マスターを務めた冨山勝敏さん(69)は、40年来のジャズファン。
2003年に大船渡市で念願のジャズ喫茶「h.イマジン」を開店したが、昨年2月の火災で、約1000枚のレコードとともに焼失した。
再起をかけて陸前高田市で12月に店を再開し、レコードも再び250枚ほど集まっていた。
開店中に震災が起きた。
裏手の高台に避難すると、大津波が街をのみ込むところだった。
すべてがリセットされたショックは大きかったが、「できることから始めるしかない」と、市立第一中の避難所で新しい店の図面を描いていた。
冨山さんのことを知り、蓄音機を5台ほど収集していた東京都国分寺市、音楽制作業の野口真一郎さん(59)は、「この人ならきっと自分の蓄音機を役立ててくれる」と寄贈を思い立った。
知人を通じて連絡を取り、2台の蓄音機と約50枚のレコードを携え、賛同者6人と9日に避難所へ駆けつけた。
「見ず知らずの人がこんなに考えてくれていた。お金にかえられない財産をいただいた」と感謝する冨山さんに、野口さんも「津波の恐ろしさをまざまざと知った。
冥福を祈り、残った人に活力を与えられれば」と語り、2人は意気投合。
避難所の1室を借り、東京から水出しコーヒーを持ち込んで約1時間、即席のジャズ喫茶を開店した。
店の常連だったNPO職員の岡田久美さん(38)も姿を見せた。
「店の雰囲気も、いつも元気をくれるマスターも大好きだった」といい、冨山さんと談笑しながら、「テネシーワルツ」「雨に唄えば」などの名曲にうっとり聴き入った。
岡田さんは仙台市から帰省中に被災し、そのまま両親と避難所暮らし。
行方不明の親族を捜して遺体安置所を巡り、実家の残骸から思い出の品を掘り出している。
「つらくて音楽なんて聴きたくなかった。でも、音楽ってこんなに胸に深く染みるものなんですね」と、しみじみ語る。
野口さんは持参した蓄音機1台とレコードを、そのまま冨山さんに贈った。
冨山さんは「年配の人はこの音を特に懐かしく感じるだろうし、先のことに楽しみも見えてくるはず」と信じ、今後は蓄音機を抱えて避難所を巡り、「1日ジャズ喫茶」を続けるつもりだ。









