セレドニコボ邸(Усадьба Середниково)では
18世紀のレンガ建築が16棟現存している。
当時の貴族の領地内の建物群がまとまって
残されている例は、ロシア国内でも珍しい。
池・森林公園も含めて、その広さ99ヘクタール。
ディズニーランドとシー両方合わせた広さ。
モスクワ郊外のセレドニコボという場所にある。
交通の便が悪く、
完全に国内人しか相手にしていないので
英語表示・ガイドは一切ない。
HPにも現金払いと注意書きが赤でバーンと。
実際にはカードも受け付けていたが、
ネットの調子が悪いことがしばしばあり、
カード決済できないこともよくあるそうで。
敷地入場料150Rub(約330円)
館内に入れるガイドツアー600rub(約1300円)。
ツアーまで1時間半あったので、先に森林内にある
池を散策するが、高低差があり、
サンダルでは不安定な道…。
濁った池で泳ぐ人々もおり、釣り人もおり。
森の中で水20リットルを運ぶおじさんもおり。
湧き水を汲んでいる人多数。
森の中の道には新鮮な馬糞も落ちており。
水を運ぶ人々の後をついていったら、
柵の隙間から車道に出ており。
150rubを払わず、敷地内に入れるようだ。
この辺、植物園と同じシステム…
1775年貴族の上院議員が邸宅を建てた。
敷地内に馬小屋や室内馬場、家畜小屋、
果樹園、畑、農奴小屋などがあり、
その運営が上手だったらしい。
死後、何人か所有者が変わり。
1825年‐69年ストルイピン少将が所有。
これがレールモントフの祖母の実兄であり、
レールモントフが14歳‐17歳の夏、4回
この敷地で過ごし、詩作をしたという。
当時の内装は稀にしか残っていないが、
あるにはあるのだ。
その後、キエフで暗殺されたストルイピン元首相
などを経て、大商人が購入。
その娘、ヴェーラ・フィルサノバが
1917年まで文化を保護し、地域の発展にも尽力。
ヴェーラは歌手シャリャーピンや
ラフマニノフを招いてコンサートしたり。
ヴェーラの資産はロシア革命で政府が全て没収。
シャリャーピンに頼んで、スタッフのふりをして
フランス公演で国外脱出して亡命したそう。
その後、ソ連時代はサナトリウムや
精神病棟として活用されていたが、
建物内はガラスが割れてたり、カビが生えたり、
酷い状態になっていたらしい。
1992年、レールモントフ遺産協会が
修復を条件に国から借り受ける。
レールモントフは26歳で決闘で亡くなり、
子供はいなかったが、その親族は1000年以上
続く家系で、子孫らが張り切っているのだ。
新アルバート通りのレールモントフの家博物館、
ペンザ市郊外のタルハーンにある
レールモントフが13歳まで過ごした領地、
ここで三つ目のゆかりの地を見学した。
あとは黒海に近いピャチゴルスク市に
レールモントフが最期の2か月過ごした家が
記念博物館になっているが…行くことあるかな…。
正面のゲストらと楽しむ館を見学したが、
脇に主人の寝室館、ゲスト宿泊館、
台所館、メイドの館が屋根付き廊下で
つながっており。
全部見たい!
森の中を歩いて筋肉痛になったけど、
また行きたい!
































