今回は【豊榮神社・野田神社】のご紹介です![]()
「豊榮神社」 御朱印はこちらです![]()
「野田神社」 御朱印はこちらです![]()
両神社ともに、(山口県㉔ 古熊神社)にて御朱印を
いただく事が出来ます![]()
両神社は、東に豊榮神社・西に野田神社と隣接して建っています![]()
別の宗教法人であり、本殿や拝殿、廻廊等の社殿もそれぞれ別に
ありますが、社務所を始めとする共有の部分もあるとのことです。
【豊榮神社(とよさかじんじゃ)】からご紹介します。
山口県山口市天花1丁目1-1に鎮座します![]()
御祭神 毛利元就公(もうりもとなりこう)
御由緒
江戸時代初期の慶長9年(1604)毛利輝元公は萩城に入城された。
この時、毛利元就公の御霊を近くの春日神社に祀られた。
宝暦12年 (1762)二の郭にあった土地神社を改修し、元就公の御霊を遷祀。
明治2年 (1869)明治天皇より「豊榮」の神号を宣下される。
明治4年 (1871)山口の現在地に社殿を造営して遷座。
明治15年 (1882)別格官幣社(国家に特別の功績を挙げた忠臣を祭神とする
神社の為に設けられた社格、全国に28社)に列せられる。
※神社資料より
ここからは写真と一緒にご紹介を![]()
鳥居から![]()
『社号標』![]()
鳥居をくぐると![]()
「神橋」があり奥に神門が見えてきます![]()
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神門の前には『狛犬さま』がいらっしゃいます![]()
手足の爪もガッチリな、少々強面な狛犬さまです![]()
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階段下の右手には 『手水鉢』があります![]()
お清めします![]()
『神門』![]()
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『拝殿』へ![]()
入母屋造妻入の舞殿風になっています![]()
参拝させていただきます![]()
拝殿裏手の 『幣殿』へ![]()
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入母屋造平入、左右には廻廊が伸びています![]()
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奥に、写真はないのですが三間社流造の『御本殿』があります![]()
境内に 『石碑』があり![]()
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ご説明がありました![]()
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続いて、西側「野田神社」のご紹介です![]()
【野田神社(のだじんじゃ)】
山口県山口市天花1丁目1-2に鎮座します![]()
御祭神
主祭神
毛利敬親公(もうりたかちかこう)
配神
毛利元徳公(もうりもとのりこう)
御由緒
明治6年 (1873)山口県民の懇願により、毛利敬親公の御霊を
豊榮神社境内別殿に祀り、忠正神社と称する。
明治9年 地名により野田神社と改称し、同日県社に列する。
明治19年 現在地に社殿を造営し遷座、大正4年、別格官幣社に列する。
昭和11年 元徳公40年式年に当り、朝廷よりその功績を賞せられ
野田神社に配祀、同年毛利家より能楽堂が奉納される。
平成3年 能楽堂を現在地に移設修復する。
※神社資料より
ここからは写真と一緒にご紹介を![]()
参道から![]()
『社号標』![]()
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『狛犬さま』が両脇にいらっしゃいます![]()
吽形の狛犬さまはシルエットになってしまって![]()
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『鳥居』![]()
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参道を進み 『手水舎』へ![]()
お清めします
右奥に見えるのは![]()
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『絵馬堂』になります![]()
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『神門』![]()
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『拝殿』![]()
参拝させていただきました![]()
拝殿の裏手、『幣殿』へ![]()
「豊榮神社」と社殿は同じ造りになっています![]()
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暫し境内を拝見させていただき帰路につきました![]()
境内に隣接して鎮座する【豊榮神社・野田神社】
まだまだご紹介が足りないのですが、こちらまでになります![]()
社殿など建築物はとても見応えがありました![]()
また是非参拝させていただきたいと思います![]()
ご覧いただきありがとうございました![]()
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