フィラリアを知ったとき
昨日に引き続き
母ちゃんのつぶやきで~す
昨日の記事で チラっと出てきた
「ヒーボ」の話し~
ヒーボの写真は無いので ティラくんの写真です
話しに興味ない人は
パピーティラくんの写真で
お楽しみください
ヒーボを飼っていた頃は
ティラ母ちゃんが まだ子供のときで・・・
初めは 小さくてフワフワで 可愛かったヒーボを
そりゃ~可愛がりました
でも
ヒーボは あっという間に大きくなり
といっても、10㌔くらいの中型犬だったと思うけど
子供だった母ちゃんには
とても大きく見えた・・・
そして 怖くなった

ヒーボが 何を考えてるのかわからない
なんで服を引っ張るの?
なんで飛びつくの?
怖くて、あまり遊ばなくなった
散歩にも行かなかった
ヒーボが 五才になった夏休み
日に日に ヒーボは 元気がなくなっていった
「フィラリアだよ」
と親から教えられた
フィラリア というものを初めて知った
当時は、フィラリアの薬 なんてものは
あまり普及してなかったと思う
もう手遅れだった
「今から薬を飲ませてもショック死する可能性が高い」
と言われた
弱っていくヒーボに出来ることは
毎日 なでてあげることだけだった
もう立ち上がることさえ つらいはずなのに
なでてあげると
ゆっくりと立ち上がり
なでている間は ずっと立っていた
子供心に
「そのとき」まで 毎日 なでてあげるから
と ヒーボに誓った
夏休みが終わって 二学期が始まり
ヒーボのことが 気になりつつも 学校に行った
帰ってくると 真っ先に 母に
「まだ生きてる?」
と聞いて、急いで ヒーボのところへ行った
そんな日が 二週間くらい続いた
毎日
「まだ生きてる?」
が 日課になっていた
「その日」の前日までは・・・
「その日」
学校から帰って
「ただいま~」
と 家に入った
母から
「今日は 聞かないの?」
と言われた
「なんのこと?」
さっぱり 思いあたらない
「いつも 聞いてたじゃん」
と 言われても なんのことだかわからない
母が 不思議そうな顔をしながら
「ヒーボ、死んだよ」
と ポツリと言った
あ!
と思って 急いで ヒーボのところへ行った
ヒーボは ダンボール箱に入れられていた
毎日 毎日
「生きてる?」 が 習慣になっていたのに
この日だけ忘れていた
不思議なくらい まったく 忘れていた
ヒーボが
「悲しくならない魔法」をかけてくれたんだと思った
だから
子供だった母ちゃんは
ヒーボに約束したんです
「こんど もし 犬を飼うことがあったら
絶対、いっぱい遊んであげるよ
散歩もたくさん行くよ
フィラリアにならないように気をつけるよ」
ってね・・・
ん?
なんで こんな 昔話をしてるのかって?
ほら、今月は
ティラくん三周年記念の月だからさ~
犬を飼うことについて
ちょっと 話したい気分になったんです
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がんばっぺ~!日本!
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