私自身が
何気ない言葉や態度、姿勢、雰囲気などの
コミュニケーションの要素によって
相手を傷つけたり、悩ませたり、苦しめたりすることは
とても簡単なことのように、私は思っています。
それを
自分自身が気付くか気づかないかということは
とても大事なことのように思っています。
自分のこころに
過去の傷付きや抑圧や葛藤などの経験による
少しの反応が混ざっているだけで
相手に何かしようとする
何かさせようとする
何かさせてしまう邪心のようなものが
知らず知らずのうちに起こっていることは
私にはあり得ることのように思っています。
それは
私には気付きにくいことで
何気ないところで
相手のこころには
影響されているように思います。
だからこそ
丁寧に相手と接していきたいと
普段から心掛けています。
私は
知らず知らずのうちに
相手を傷つけたり、悩ませたり、苦しめたりするようなことは
したくないと思っていますが
今まで多くの人に、そうしてきたことは
たくさんあったように思っています。
謝らなければならないことや
反省することは
たくさんあるように思います。
そのことになるべく気付くための方法として
私が心掛けていることは
なるべく相手を観察しながら
自分の全てを振り返り
そして自分をできるだけ俯瞰することです。
そうすることで
ハッキリとしない、こころの面で
自分が相手に
どのような意味のことを行っていたのかを
多少なりとも気付き
知ることができるようになれると
自分の経験から分かってきたような気がしています。
この考え方自体も
不完全なものだと思いますので
振り返る必要があると思っています。
無意識のこころが
何かをしていることは
あり得るように思います。
少なくとも
自分のこころに
何が正しくて、何が間違っているということは
ないように、私は思っていますし
それは、ハッキリしないもののように思います。
自分が正しかったり、明確になったりすることは
永遠にないことのように思っています。
相手を尊重することの1つとして
自分のハッキリしない状態や
不安のこころに耐える必要はあるように思っています。
また
相手のこころに共感し
それを味わい
共にその状態にいることが
寄り添うことのように思っています。
私は
人のこころを知り尽くすことができるような人ではないと思っています。
多くの人と同じように
人のこころはよく分からないと思ったりします。
だからこそ
自分が正しいとか、合っているとか、思えないですし
常に振り返り、反省しながら
何がより良いものだったかを探っていきたいと思っています。
答えのない人間のこころを追求していく。
そういう宿命を背負うことができる人になりたいと
私は思っています。
