50歳になった頃には、移植手術も考えた方がいいと主治医から言われましたが、仕事の忙しさを理由に55歳まで目をごまかしごまかし使っていました。
当時、私の視力はハードコンタクトによる矯正で右0.2、左0.3でした。特に右目は不正乱視が酷く、細かな文字などは目を近づけても見えない状態でした。そしてハードコンタクトレンズもやっとのことで装着できる状態で、少しの風でも目が痛くなり、また、うまく瞬きをしないとレンズがずれてしまうか外れてしまうという始末でした。
実は私、過去に取得した自動車の運転免許証をそのときまで奇跡的に保持していました。もちろん視力はありませんので、怖くて車の運転はここ20年ほどはしていません。
そんな免許証も56歳で更新時期となり、心の中では「これで免許証ともお別れだ。」と思っていました。しかし、すぐには諦めきれずに、ダメもとで更新してみようと考え近くの運転試験センターへ出かけたのでした。
視力検査のとき、目を極限まで細め見えたような感じのCの方向を時間を掛けて答えました。するとそれが当たってしまい、あっけなく更新に成功しました。次の免許更新まで5年あります。
このことが私が手術を行うことを決断したきっかけです。このとき5年後とは言わずに、4年後の60歳、還暦までに目を治そうと決意しました。還暦以降をもっとエンジョイしたいという激しい願望が起ったのでした。
当時、私の視力はハードコンタクトによる矯正で右0.2、左0.3でした。特に右目は不正乱視が酷く、細かな文字などは目を近づけても見えない状態でした。そしてハードコンタクトレンズもやっとのことで装着できる状態で、少しの風でも目が痛くなり、また、うまく瞬きをしないとレンズがずれてしまうか外れてしまうという始末でした。
実は私、過去に取得した自動車の運転免許証をそのときまで奇跡的に保持していました。もちろん視力はありませんので、怖くて車の運転はここ20年ほどはしていません。
そんな免許証も56歳で更新時期となり、心の中では「これで免許証ともお別れだ。」と思っていました。しかし、すぐには諦めきれずに、ダメもとで更新してみようと考え近くの運転試験センターへ出かけたのでした。
視力検査のとき、目を極限まで細め見えたような感じのCの方向を時間を掛けて答えました。するとそれが当たってしまい、あっけなく更新に成功しました。次の免許更新まで5年あります。
このことが私が手術を行うことを決断したきっかけです。このとき5年後とは言わずに、4年後の60歳、還暦までに目を治そうと決意しました。還暦以降をもっとエンジョイしたいという激しい願望が起ったのでした。