昨日、6年間お付き合いした担当のおばあちゃんが
亡くなった。
重い認知症で、言葉は言葉としての意味はなく、
ただ、メロディーがついて「歌う」ように言葉が
口から流れだすような方だった。
私が認知症になったら、このおばあちゃんのようになりたい。
小鳥のように、妖精のように口から優しいメロディーを奏でたい。
目標にしていた。
介護していたのは娘さんだったが、この方の生きかたは
やっぱり、私の目標だった。
ここにいたるまで、娘と母のきれい事ではない葛藤があった。
怒りや、悲しみや、時には憎しみもあったようだ。
しかし、18年の長い月日の中でひたすら介護して
それらを、乗り越えた。
おまけに周囲の心無い言葉や態度も、乗り越えた。
そし手、今の彼女は、「おばあちゃんは私の大切な
かわいい子供」といい、1回1時間以上かかる食事の介助も
丁寧で、手つくりのものが多かった。
そのほかに、畑で作物を作り、草を取り、
近所の友人で同じように認知症の母を一人で見ている
男性の体調を気遣い、食事を作って渡してあげたり
仕事で遅くなるその人の変わりに、デイから帰るその人の
母を預かって、自分の母と一緒に面倒を見てあげるような
心のでっかい人だ。
私は、ケアマネとして担当していたが、相談に乗るというより
人生の中で一番大切な学びをさせていただくために、
毎月訪問させていただいた。
私の体調まで心配してくれて「私には子供がいないから
子供の変わりに、あなたの心配をさせてね」とまで、言って
いただいた。
今日、おばあちゃんに最後のお別れにうかがった。
「これで、縁が切れるなんていわないでね。
私の話し相手に来てね。」と、先に娘さんに言われてしまった。
「私は、ほとんど勉強をさせていただくばかりで・・」といったら
「私はあなたが毎月訪問してくれるのが何よりの支えだったよ。
お互い様だね(^^)」と。
こんな私でも、少しは役にたったのかな?
「お互い様」って、暖かい言葉だなーー。
相手にはなにも、求めず、さらりと「お互い様」って
いって支えあえたらいいなーー。