こんにちは。

迦楼羅です。

 

昨日絵を描いている話をしたけど

子供の頃って絵を描くことが大好きというわけじゃなかったの。

 

落書きとかはしてたけど、

ずっと家で絵を描いてるというよりは

そうしてたら親の機嫌がよかったから

大人しく絵を描いてる。

 

怒られまいとして絵を描くだけでした。

 

3歳ごろの記憶で、

 

部屋の中で風船で遊んでいたら、

その風船がドレッサーの前にいる母の側に飛んで行って

髪を整えてた母は風船が邪魔なのか

私がはしゃいで部屋の中で遊んでるのが嫌なのか

とにかく今思うと機嫌が悪くって、

 

「部屋で暴れるなっていうたやろ!こんなもんいらん!」

 

って櫛の先を風船に突き刺したの。

 

パーーーン!

 

って大きな音と共に、ビックリしたのと怖いのと

風船が割れた悲しさでその場に泣き崩れたのを

鮮明に覚えています。

 

ジョニーデップはかっこいいなぁ~(色鉛筆で描きました)

 

うちの親は俗にいう「毒親」で、

 

「言うこときかないと施設(孤児院)に入れる!」

 

っていうのが口癖で、

 

当時、別居中か離婚してたかのどっちかなので

父親が居なかったから

母に捨てられることが怖くて怖くて

 

いい子にしないといけないって思いこんでた。

 

3歳ごろにそんな状態だから、素直に親の毒は

私の中に入り込んでいました(笑)

 

だから、風船割られちゃって

 

「じっとして塗り絵でもしときなさい!」って怒られたら

 

それをする。

 

すると褒められる。

 

絵や塗り絵を褒めるんじゃなくて、

大人しく言うことをきく私を褒める。

 

そんな感じで絵を描くことや塗り絵することが多かったので

私自身も「大好き」な遊びではなかったの。

 

怒られるから仕方なく絵を描く。

好きになるはずがない(笑)

 

当時、今みたいに幼児用の図柄の大きな塗り絵ってなかったんじゃないかなぁ。

小学生くらいの子が塗る少女漫画的な塗り絵を渡されて、

柄が細かいじゃないですか。

小さいわたしには上手く塗れるわけがない。

すると、「こうやって塗りなさい」って教えてくれる。

 

きっとその時の母を凄く優しい母だと思ってたんだろうなぁ。

頑張って塗ってた(笑)

 

こんな感じだから

「好き」な遊びじゃなく「褒められる遊び」で

腕だけが上達していった。

 

今思えば、無茶苦茶な話だって思うけど、

当時はそんなこと思うはずもなく

母親しかいないから捨てられるのは怖いし

それでも母が大好きだし、

言うこときくよね、子供って(笑)

 

でね、このことは私の中でず~っと大きな親への憎しみと

支配される概念として宿っていました。

 

 

 

長くなったので続きはまた。