「あの曲がり角で白ネコを見つけたら、『イイコト』がある」
誰にも聞こえない程度に、少し考え込んだ風につぶやく。
ほんの少しの胸の高鳴りを自覚する。
この瞬間が楽しいと思う。
そんなことを心に決めた少女は、住宅の塀に囲まれた狭い歩道を進んでいく。
この辺りはやや古い住宅が多く、入り組んでいるが、抜ければ近道として使えるのだ。
日はすでに傾きかけており、西日特有の紅い光が彼女の頭上を照らしていた。
学校の帰り道なのだろう。
右手に鞄を下げ、白を基調としたブレザーと紺のプリーツスカートで、胸元には赤のリボンがついている。
近所ではちょっとしたお嬢様学校といわれているが、実際中にいれば他の学校との違いはさほど感じないと思う。
いつものように皆で集まって授業があり、いつものように騒いで、いつものように遊びながら帰る。
腰の近くまで伸ばした長い栗色の髪は、まだ染めたことがない自前のものだ。
たまに街中を歩いていると、ナンパな男に声をかけられることもあるが、気にかけたこともない。
興味はあるし、悪い気はしないものだが、軽く扱われるのは願い下げだった。
周りとちょっと違うと思うのは、自分が秘密の趣味があるということだろう。
彼女の趣味というのが「願い事」だった。
いつから始めたかは覚えてない。
自分の中でルールを決め、そのルールに従って願い事が叶ったときには、その日は「幸せ」なのだ。
願いはほんのささやかなもの。
身分相応にしておかなければ、不幸になる。
そんな祖父からの口酸っぱく教えられたこともあるが、むしろ小さな幸せを積み重ねる方が、自分には楽しいことはわかっていた。
そして誰にも言わないからこそ、喜びが膨らむのだ。
すぐそこの曲がり角を抜ければ大通りに面しており、時々車が通過していくのが見える。
まだ終業を迎えていない時間帯ということもあり、道路は比較的空いているらしい。
手前の歩道も人が通る気配も少ない。
徐々に迫りくる瞬間に、少しずつ鼓動が速くなるのを覚える。
角に差し掛かった。
手前で電柱があるため、少し大回りするように右に曲がる。
いつしか彼女は受験生のような緊張の面持ちになっていた。
開けた道に出た瞬間、西日の強い光が一気に視界に飛び込む。
光を避けるように一瞬顔をそむけ、一瞬ぎゅっと目をつぶる。
それでもまぶたの裏にうつる世界は紅い。
一度大きく深呼吸して、そっと目を開いてみる。
薄目を開けた先に、揺れる白いふさふさしたものが見える。
心臓が一瞬跳ね上がるほど、強く脈打った気がする。
はっとなり、大きく見開いた目には、ふさふさのホワイトテリアがこちらの様子を窺っている姿が見える。
急にでてきた人間に興味があるのか、尻尾が大きく揺れている。
リードはついていないがどうやら散歩の途中らしい。
飼い主らしい荷物をさげた女性がやや先行している。
犬の胸元には飼い主の趣味か、自分とお揃いの赤いリボンがついてるのが妙に嬉しくなる。
「あっちゃ~、やっぱり犬にしておけばよかったかな」
少し苦笑いしながらも、屈みこんでで犬との目線を合わせる。
さらにすり寄ってきた犬の頭を撫でてやる。
白状するとどちらかというと猫よりも犬の方が好きなのだ。
しかし、最初に自分のいた路地から見えた白い影が、猫のように思ってしまったのだ。
半分ズルをしたともいえなくもない結果だろうか。
犬が遅れていることに気付いた飼い主が、こちらを振り返える。
よくあることなのか、テリアも呼ばれたかのように飼い主の方に駆け寄ってゆく。
犬を引き止めていたため、女性に軽く会釈を返しながら、少し名残惜しい気になる。
「う~ん…惜しかったなぁ」
残念に思う反面、犬と戯れることができたことに満足してしまい、顔をほころばす。
「まぁいっか」
今日の晩御飯が好物のものになるかもしれない。
可能性は半分というところか。
そんな予感を抱きつつ、少女は再び家に向けて、鼻歌まじりに歩みを進めていった。
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140文字小説であげさせてもらった「小さな願い事」のオリジナル。
改めてここに貼り付けるとそれなりに長いですね。
一度に貼り付けたので読みにくいかもしれないですが、そのあたりはご容赦願います。
普段の生活でも、ちょっとしたルールを決めたりすることはあります。
それがうまくできると、達成感があったり、何かいいことがありそうな予感になります。
そういう小さなことの積み重ねっていうのは、けっこう大事にしたいと思ってます。
一つの目標に向かって、自分なりのルールで乗り越えて達成する。
これは何事にもかえがたい人生の醍醐味でしょう。
けど、ずっと走り続けていくのも大変ですよね。
ちょっと寄り道にそれた時に、夕焼けがすげーきれいだったり、食べたおやつがすごいおいしかったり、大好きな人に偶然出会えたり、そんなささやかな幸せがあちらこちらに転がってると思います。
それをどうやって見つけて、どうやって楽しんでいくか。
それはその人次第ですよね。
そんな幸せを見つけて、笑顔でいられるようになりたいと思います。