前回のカウンセリングは、幼少期から順に話そうと思っていたら、二十歳前位から先に進めなかった。そこまでの間に、まだわだかまりがあるのか?と思い、まずはフラッシュバックで見えた「流産」「レイプ」「幼い頃」と分けて考えてみる。

●流産
私は感情の感じ方がおかしい。
喜怒哀楽は、怒るの方向に偏っていて、哀も少しは感じるかな?

そして「怖い」という感情が欠落している。
たとえば3・11の地震の時。皆んなが「怖かった」「余震が怖いね」と話しているのに、私は怖いという感情が出てこないのが気持ち悪かった。

流産した時も、周りは凄く励ましてくれて、それはすごくありがたかったけど、気持ちの(感情の)温度差に違和感を感じた。
「悲しいよね」「辛いよね」と言われるので、ある時「妊娠が分かって結構すぐに流産だから、それ程悲しいーとはなってないから大丈夫だよ。ありがとう」というようなことを返した。それは本心だった。「あなたは強がるからそんな風に言うけれど、本当は悲しいはず」というような事を返された時は、私はおかしいのか?と思った。
流産は「怖い」ではないのに、なぜこの時だけ「悲しみ」が麻痺しているのか分からないが…

3・11のこと、流産のこと、その他、感情が欠落しているなぁと思う。



カウンセリングで、3・11のことは「皆んなが共通して感じる、自然災害などの恐怖も感じなかったのですねぇ」と言われた。
そうか「怖い」といっても、個人的な主観のものもあれば、大勢が共通して感じるものもあるんだ!と気づくことができた。気づいても、感情が欠落している事は変わらないんだけど…。

今までの私だったら「そんなことも気づかなかったのか~」と、うっかり自分で自分を責めていたところだけど、今はそんな風に考えないように意識している。
自然と考えてしまったものは「それはしょうがないよね。これからに生かせればいいんじゃないかな?」と自分で自分に言うようにしている。