私が小学生だった時…
シスターと呼ばれる修道女でもある先生が…

「皆さん、幸せになりたかったら…身近な人の幸せを、自分の事のように喜べる人になりなさい。人に役立てる事を喜びとできたら…それ以上の幸せってないんですよ」

素直だった私は…
親友と小さな「利他の教え」を実践した。

ちょっとした家事手伝い。
通学途中の電車の中で、お年寄りに席を譲る。
心を込めて、放課後の掃除をする。

誰にも気付かれなくても…
誰にもほめられなくても…

確かに、それは、大きな喜びだった。



そして、その後…

「子育て」は、究極の「利他」だった。

自分個人の「利」を犠牲にしても…
「子供達の笑顔」以上の「幸せ」ってなかった。


「幸せ」って、一口に言っても…
いろいろな種類の「幸せ」がある。

一般的な「幸せ」は…
「旅行」「買い物」等、お金で買える、自分自身のための「幸せ」

今の私は…
この一般的な「幸せ」の選択肢が、どんどん狭くなってきている。

自分の「利」ばかりに目が行くと…
何だか、自分は、損ばかりの人生だったよう気がしてくる。

でも…

「自分という主役」を降りて…
「他」の「幸せ」を願う時…

深い深い「幸せ」に満たされる。

「家族」や「友人」
愛する人達の「幸せ」のためなら…
最後の最後まで…
この私にだって、役立てる事があるはず。

けして自暴自棄になる事なく…
闘病を続ける事だけでも…
子供達に残せる、大切な何かがあるはず。


一般的な「幸せ」が、薄い「幸せ」なら…
「利他」の想いは、濃い「幸せ」



夫と共に、リハウォーキングの日々は…

世界一周どころか…
家の近所の、どうという事のない場所だけど…

つらい日々のあいまだからこそ…

せせらぎの音色やクローバーの薫りが、
心の奥底にまで沁みいる至福のひとときだった。


「痛み」を知れば…
「感謝」を知る。

どんな時でも…
イヤ逆境にある時こそ…

深い、深い「幸せ」を知る事ができる。







裕子