また、25回、連日の「放射線治療」が始まった。
一週間が経過したあたりで、痛みは、ウソのように消えた。
「痛み」が消えた事もあり、また、主治医や放射線科の先生から…
「このまま、転移がおさまる人も多い」
と、励まされ…
よろよろとしながらも…
私は、また、立ち直って行った。
「癌なんかに負けるもんか!」
「絶対に治る!」
「癌の食事療法」を強化し…
「丸山ワクチン」も始めた。
が…
「放射線療法」を終えた2か月後、2013年9月…
私は、救急車で運ばれた。
持病の「潰瘍性大腸炎」が、再燃し、急激に悪くなった。
体重が一気に8キロ減り…
食べ物どころか、水を飲んでも吐いた。
激しい下血と腹痛、高熱…
息が苦しくなり、救急車を呼んだが…
意識が朦朧としていて、その時の事はよく覚えていない。
かなり危ない状態だった。
「絶食」「輸血」「投薬」「Lcap」という「透析」のような治療…
一ケ月に及んだ「絶食」は、今、思い出しても、切なくなる。
足の付け根に入れたカテーテルから、24時間「高濃度栄養」の点滴を落とんだケド…
体重は減る一方…
腸の調子が少しよくなると…
頭の中は「食べ物」の妄想でいっぱい!
「食べたい!」「食べたい!」「食べたい!」
一週間位なら我慢できるケド、一ケ月は長いワ!
特に、一日3度の配膳の時間はつらかったナ~
「い~い香り」が漂ってきて…
でも…私の分だけ…ないんだよネ!
もし…車椅子じゃなかったら…
売店か食堂で…「禁」を破って食べちゃってたと思うナ~
ず~っと食べないと「悟りを開く」とか聞くケド…
「悟り」どころか「凶暴」になって…
「いい加減、何か食べさせて!」
って、据わった目で、主治医に絡んでたワ
4人部屋だったんだケド…
みんな高齢で、ほぼ寝たきり…
真夜中2時頃になると…
「誰か~誰か来て~~!」
って、隣のお婆さんが叫び始めるの…
「どうしました?」
って、看護師さんが来ると
「死ぬのが怖いの…そばにいてくれる?」
年齢を重ねても、みんな同じなのネ~
入院から一ケ月が経ち…
快方へ向かい…
「お粥」が食べられるようになった矢先、事件は起きたの…
続きは、また、明日…
裕子